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日々のハナシ

2013.10.01

三城とカラマツの話。

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土曜の朝。

皆は休みだから、今日はひとりで細かめな仕事をしよう、なんて段取りながら
車を運転して工房へ。いつものように、後ろには妻と娘。

工房手前の道端で、永井さんと大澤さんが談笑しているのをみかけて
車を停めてから挨拶をしいく。久しぶりに三城のおじちゃんに会うので単純に、嬉しかった。

僕が小学生のころから、変わらない風貌の「おじちゃん」たち。
時折すれ違う、「町」へ通う三城の住人とはちがって永井さんも大澤さんも滅多に会えない人だ。
草刈りや分校の行事などがあった僕がまだ幼い頃とはちがって
いまは地区の行事といえば、農閑期の感謝祭(旧称敬老会)と元旦の新年会だけ。
村の水道(地域で開拓時につくった自治水道のこと)の管理などの
土木作業にも参加しないと(工房に寝泊まりしていたときは、これが楽しかった!)
年に二回しか会えない事になる。

思えば小学校3年生からの4年間、分校で児童が毎月作った瓦版「子供版しらかば」を
歩いて届けるときは、会えば挨拶はするものの、
畑や牛舎にいるの働き盛りの男たちは当時の僕にはすこしおっかなくて
むしろおばちゃんたちの、寄ってけ、お茶を飲んでいけ、
菓子を食っていけ、野菜や漬け物をもっていけ、が
とても優しくて、ついついそちらに甘えたものだった。

通り道の野草の名や天気の変わり目の雲、巡る季節の先読み...
おもいかえせば本当にたくさんの話をしたものだ。
学校の先生と、二人の分校の女子児童、そして家族以外には
村の人だけが交流だった僕にとって、月イチの徒歩での集落巡りは
それが真冬の夕暮れであっても、楽しい時間だったんだなと懐かしい。

厳密には、皆、歳をとった。
それはそうだ、僕が大学、サラリーマンで三城を離れている時間もいれて
あれから30年も経っている。
とてもそうは見えない74歳の大澤さんだって
当時はもっとムキムキで、雪の放牧場を滑る様に駆け上っていたものだ。
...まあ、大澤さんはいまも本当にムキムキでびっくりするんだけど。

歳をとって良かったなと思えるのは
ここで過ごした時間が長くなって
当時はとても話せなかった屈強な男たちと
多少は会話ができるようになった事と、
あのころの大ちゃんはこうだった、ああだったと
牛小屋が珍しくて陰から覗き込んでいたような幼い僕を
きちんと心にとめ、いまも覚えていてくれる事、
それを今更ながらに知る事ができた事だろうか。


最近、仕事でカラマツをつかうことが多い。
10年くらい前からすこしずつ始めていて
2007年に経産省の認定事業になってその割合は
確かに増えたんだと思う。

本当に初めのきっかけは、県産材をつかう、という事だった。
父の話のなかで、カラマツをつかってなにかしてみる
という感じだったような気がする。
すぐになにかを作ってみたけどスカスカしてなんだか頼りなく
いまひとつピンとこなかったけれど、今では地場の木材をつかうことは
流行りといえば流行りだし、必然といえば必然な事だから
なにも特別な事とも感じない世の中になっている。

木材としての性能や蓄材量などを知ったり
使ってみた経験が増えたりしているけれど
最近僕がつくづく不思議だなあと思うのは
そのカラマツ、三城というこの土地の関係だったりする。

長野県は全国屈指の森林率をほこる森林の県であり
木の国、日本の平均にもれず、その半分近くが植林された人工林。
間伐などの維持管理が難しくなりつつあるなどの問題を内包しているのも同じで
長野県は森林税で改善にのりだしている。
その人工林でカラマツは最も多い樹で、これまでは建築構造材や家具材、
将来はバイオマス発電の薪なども含めて検討されているというのが、長野県の現状。
利用がすすめば人工林管理は滞らず、土壌保持、水源保持、酸素産出、二酸化炭素吸着など
森がもたらす恩恵にあずかれるという打算もある。


最近は僕にとってカラマツの背景は俯瞰で見るのとちょっと違ってきた。
カラマツは、三城のおじちゃんたちがかつて植えた苗から育った木。
去年の新年会で、三城のカラマツは誰が植えたのと尋ねたら
大澤さんが、あれはおらっちが植たんだと教えてくれて
それはそれは感動したんだった。

一日に何本植えたの?...600本せえ。
どのあたりまで植えたの?大ちゃんの家の前あたりからはじめて山越えて...。

言葉にはしていた「植えてくれた人への感謝」が
その日からは心の底から湧いてきてきた。
尊敬できる年寄りがいるというのは、なんて素晴らしい事だろう。

...久しぶりに大澤さんに会って、ぼくはぜひ聞いてみたい事があった。
長野県のカラマツ苗の産地は川上村と波多が有名だったらしくてブランドだけど
三城の苗はどちらの物だったのかなと気になっていたし
仕事で波多のカラマツ育苗の話を地元の人にきいてから
長野県が奨励していたカラマツの植林が、地域のどのような繋がりで、
または商流で動いていたのか知りたかった。

大澤さん、三城のカラマツの苗はどこからきたの?
知らねえ...けど、あれはおらっちが育てた苗も混じっているんだ。

最近、林友ハウス工業の竹腰さんと、植林をしようと話をしたばかりで
その苗を、その種を、どうやって育てるんだろうと疑問に思ったところだったので
またまた驚いてしまった。

カラマツの松ぼっくりを、シートの上で振る。
チョウチョの羽のような、種があつまる。
それをあつめて発芽させる。
次の年は苗床にうつし、3年ほど育てる。
それを、植林する。

苗を植えれば儲かるということで本格的にはじめて
一年目は売り物になったものの
既に需要は飽和していて、サンジロは白菜に転向していったとの事。
記憶をたどれば、大澤さんはいつもトラックの荷台いっぱいに
白菜の段ボールを積んで三城の集荷場まで往復していた。
(思えば晴れやかな瞬間だっただろうなあ。)

余ったカラマツの苗は、敷地の空き地に植えたらしい。
指差した先には、立派に育ったカラマツが
言われてみれば確かに、庭木のような位置に手持ち無沙汰に生えている。

思いかけない昔話に興奮しながら
工房へ歩き始めたら、昔くらしたカラマツの丸太小屋が
いつもにまして、輝いて見える。

開拓時に建てられたロマノフ式のこの小屋は
原生カラマツの小径木でつくられたのかなあ。

なにしろ今はこんなに育ったんだから四の五の言わずに、使わせて頂こう。
このモチベーションこそ、確かに僕らしさの原点のひとつだろうし。








2012.12.31

暮れに思うことごと。

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有明神社 iPhone4S 1/250 f2.4

2012.09.07

9月になりました。

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2012年も9月になりました。

このブログの更新がずっとできずにいたのは
忙しさのせいでもなく(ありがたいことだと思います、本当に。)
フェイスブックがどのようなものか試していたせいでもなく(ツイッターも試してみた)
ただただ日々を過ごすことだけでも
様々な出来事と考えることがあって
ブログになにをどうかいて良いのやら
なんだかわからなかったから、という感じです。

特に、フェイスブックやツイッターと、ブログの違いを
自分なりに落としどころを見つけられないと
なんとなく面白くないなあとおもっていたので
あらためていろんな方のブログを読んだりしながら
過ごしていました。

ブログを書きたいなあと思いながらできなかった日々が
突然こうして破られるのも不思議なものであります。

振り返るのもためらわれるくらい長い、3月、4月、5月、6月、7月、8月。

3月はなにより、3年を無事に過ごして卒業した浜くんと川上さんの思い出。
いまではふたりとも新しいステージで日々をすごしているようで
本当に嬉しい。思えば大勢のお弟子さんが卒業していったなあ。

4月は、ふたりがいなくなってお弟子さんが3人となった工房の寂しさに
浸る間もなく仕事に没頭した感じ。むしろ仕事に打ち込んで寂しさを忘れるというのは
いつもの僕のやり方かもしれない。

5月は木彩会。制作も、会期中も、その後も本当にいろんな事があったけれど
結果として自分がまた新しい経験ができた事に、いまでは感謝しています。
銀座の食材を大切になさっている小料理やさんの女将さんが
僕のまな板やカッティングボードをきにいってくださり、いまも
バックオーダーがあるくらい、お仲間に紹介してくださっていることも感動の出来事。
安い、安いとお求めくださるなんて滅多にないのでとても嬉しいのです。
下旬には地元で友人とちいさな展覧会を開く事ができて
これはとても爽やかな思い出。楽しかった2日間。


6月は箪笥やダイニングチェア、ダイニングテーブルの制作に没頭。
7月はミュージックキャビネットやパーソナルチェアやカラマツ材のトレイの制作に没頭。
8月は木の匠たち展の準備。制作よりもむしろ、事務局として動く事に喜びがありました。
webで作品を知るきっかけが作れたり、展覧会を知るきっかけが作れたら
それは素晴らしい出会いのひとつだと思っています。
木の匠たち展に参加される方にはwebsiteをもっていない作家さんもいらして
その方の作品をwebに掲載できることって僕にとってこの上ない喜びでした。

9月。

お待たせしてしまっている作品はまだあって、焦りがつのるばかり。
良い材料を探したい、良い形をみつけたい、よいアイディアをひらめきたい。
そんな気持ちで心も頭もいっぱいになってしまっているのだけど
この「助走」が大事なんだという事も学んできた気がします。

最近、アート、工芸、民芸、クラフト...。それらの間にある曖昧な線引きが
時代の流れの中でさらに見えずらくなったり、主観によってひっぱられたりして
受け手の方も混乱するのではないかと思うのですが
作られている物も混沌としているような気がします。

たとえば個人的に感じる工芸ブーム的工業製品の流れ。
ちまたには職人技、手作り、などと銘打たれたプロダクトがたくさんあります。
ではその職人って、どんなことなんだろうと思いは巡るのです。
僕の物づくりはどこなんだろう。どこへ向かうんだろう。
そんな中で「これなら、出したい、生みたい、作りたい。」と思うものが
自分のなかで萌芽することこそ作り手の役割分担だなあと感じます。

鉋を研ぎながら丁寧に削る丸いカッティングボード。
ホームシアターではなく、というアナログ感を大切にしたオーディオをおさめるキャビネット。
クリ物で作る、ジュエリーショップさんからオーダーいただいたジュエリーボックス。
指物の将来を考えながら作る、引き出しやキャビネットの数々...。

すべてが作り方がちがって、
ときにはジャンルをとびこえたような作品になっている。
その「垣根を飛び越える感覚」が
時に純粋に漆を塗っている作家さんへの憧れになり
これを待っていたと言われるご褒美になり。

そんな中で、僕の役割分担というものが
またすこしわかってきたような、そんな秋です。

だからこそ、自分とともに、m4もすこし、勇気をもって次の一歩へ向かおう。
がんばります、これからも。
良いものがひとつでも多く、生み出せるように。








2012.01.01

本年もどうぞ宜しくお願い申しあげます。

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初夏には銀座清月堂ギャラリーにて1年振りの「木彩会」に
夏には松本中町にて2年振りの「木の匠たち展」に参加する予定です。
また今月からは家庭画報ショッピングサロンにてべべ箪笥の取扱がはじまります。

今年もますます頑張って、よい制作ができるように勤めたいと思います。
本年もどうぞ宜しくお願い申しあげます。


2011.12.31

来年も、どうぞ宜しくお願いします。

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今年は多くのことがありました。
和光での展覧会が記憶に新しいけれど
やはり地震の事が一番の出来事だった。

震災の事、そして人間の活動の事。
これから僕たちは、どのように人生の道筋をきめてく事ができるだろう。

相変わらず、来年の事は神頼み。
暮れにようやく祖父、曾祖父の墓前を尋ねることができて
家族3人、妻と娘と一緒に御礼と祈りを捧げてきました。

みなさま、今年一年、本当にありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。




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