home > blog > 前田大作 blog > 仕事のハナシ

仕事のハナシ

2013.10.01

三城とカラマツの話。

(0)  (0)

IMG_1838.jpg

土曜の朝。

皆は休みだから、今日はひとりで細かめな仕事をしよう、なんて段取りながら
車を運転して工房へ。いつものように、後ろには妻と娘。

工房手前の道端で、永井さんと大澤さんが談笑しているのをみかけて
車を停めてから挨拶をしいく。久しぶりに三城のおじちゃんに会うので単純に、嬉しかった。

僕が小学生のころから、変わらない風貌の「おじちゃん」たち。
時折すれ違う、「町」へ通う三城の住人とはちがって永井さんも大澤さんも滅多に会えない人だ。
草刈りや分校の行事などがあった僕がまだ幼い頃とはちがって
いまは地区の行事といえば、農閑期の感謝祭(旧称敬老会)と元旦の新年会だけ。
村の水道(地域で開拓時につくった自治水道のこと)の管理などの
土木作業にも参加しないと(工房に寝泊まりしていたときは、これが楽しかった!)
年に二回しか会えない事になる。

思えば小学校3年生からの4年間、分校で児童が毎月作った瓦版「子供版しらかば」を
歩いて届けるときは、会えば挨拶はするものの、
畑や牛舎にいるの働き盛りの男たちは当時の僕にはすこしおっかなくて
むしろおばちゃんたちの、寄ってけ、お茶を飲んでいけ、
菓子を食っていけ、野菜や漬け物をもっていけ、が
とても優しくて、ついついそちらに甘えたものだった。

通り道の野草の名や天気の変わり目の雲、巡る季節の先読み...
おもいかえせば本当にたくさんの話をしたものだ。
学校の先生と、二人の分校の女子児童、そして家族以外には
村の人だけが交流だった僕にとって、月イチの徒歩での集落巡りは
それが真冬の夕暮れであっても、楽しい時間だったんだなと懐かしい。

厳密には、皆、歳をとった。
それはそうだ、僕が大学、サラリーマンで三城を離れている時間もいれて
あれから30年も経っている。
とてもそうは見えない74歳の大澤さんだって
当時はもっとムキムキで、雪の放牧場を滑る様に駆け上っていたものだ。
...まあ、大澤さんはいまも本当にムキムキでびっくりするんだけど。

歳をとって良かったなと思えるのは
ここで過ごした時間が長くなって
当時はとても話せなかった屈強な男たちと
多少は会話ができるようになった事と、
あのころの大ちゃんはこうだった、ああだったと
牛小屋が珍しくて陰から覗き込んでいたような幼い僕を
きちんと心にとめ、いまも覚えていてくれる事、
それを今更ながらに知る事ができた事だろうか。


最近、仕事でカラマツをつかうことが多い。
10年くらい前からすこしずつ始めていて
2007年に経産省の認定事業になってその割合は
確かに増えたんだと思う。

本当に初めのきっかけは、県産材をつかう、という事だった。
父の話のなかで、カラマツをつかってなにかしてみる
という感じだったような気がする。
すぐになにかを作ってみたけどスカスカしてなんだか頼りなく
いまひとつピンとこなかったけれど、今では地場の木材をつかうことは
流行りといえば流行りだし、必然といえば必然な事だから
なにも特別な事とも感じない世の中になっている。

木材としての性能や蓄材量などを知ったり
使ってみた経験が増えたりしているけれど
最近僕がつくづく不思議だなあと思うのは
そのカラマツ、三城というこの土地の関係だったりする。

長野県は全国屈指の森林率をほこる森林の県であり
木の国、日本の平均にもれず、その半分近くが植林された人工林。
間伐などの維持管理が難しくなりつつあるなどの問題を内包しているのも同じで
長野県は森林税で改善にのりだしている。
その人工林でカラマツは最も多い樹で、これまでは建築構造材や家具材、
将来はバイオマス発電の薪なども含めて検討されているというのが、長野県の現状。
利用がすすめば人工林管理は滞らず、土壌保持、水源保持、酸素産出、二酸化炭素吸着など
森がもたらす恩恵にあずかれるという打算もある。


最近は僕にとってカラマツの背景は俯瞰で見るのとちょっと違ってきた。
カラマツは、三城のおじちゃんたちがかつて植えた苗から育った木。
去年の新年会で、三城のカラマツは誰が植えたのと尋ねたら
大澤さんが、あれはおらっちが植たんだと教えてくれて
それはそれは感動したんだった。

一日に何本植えたの?...600本せえ。
どのあたりまで植えたの?大ちゃんの家の前あたりからはじめて山越えて...。

言葉にはしていた「植えてくれた人への感謝」が
その日からは心の底から湧いてきてきた。
尊敬できる年寄りがいるというのは、なんて素晴らしい事だろう。

...久しぶりに大澤さんに会って、ぼくはぜひ聞いてみたい事があった。
長野県のカラマツ苗の産地は川上村と波多が有名だったらしくてブランドだけど
三城の苗はどちらの物だったのかなと気になっていたし
仕事で波多のカラマツ育苗の話を地元の人にきいてから
長野県が奨励していたカラマツの植林が、地域のどのような繋がりで、
または商流で動いていたのか知りたかった。

大澤さん、三城のカラマツの苗はどこからきたの?
知らねえ...けど、あれはおらっちが育てた苗も混じっているんだ。

最近、林友ハウス工業の竹腰さんと、植林をしようと話をしたばかりで
その苗を、その種を、どうやって育てるんだろうと疑問に思ったところだったので
またまた驚いてしまった。

カラマツの松ぼっくりを、シートの上で振る。
チョウチョの羽のような、種があつまる。
それをあつめて発芽させる。
次の年は苗床にうつし、3年ほど育てる。
それを、植林する。

苗を植えれば儲かるということで本格的にはじめて
一年目は売り物になったものの
既に需要は飽和していて、サンジロは白菜に転向していったとの事。
記憶をたどれば、大澤さんはいつもトラックの荷台いっぱいに
白菜の段ボールを積んで三城の集荷場まで往復していた。
(思えば晴れやかな瞬間だっただろうなあ。)

余ったカラマツの苗は、敷地の空き地に植えたらしい。
指差した先には、立派に育ったカラマツが
言われてみれば確かに、庭木のような位置に手持ち無沙汰に生えている。

思いかけない昔話に興奮しながら
工房へ歩き始めたら、昔くらしたカラマツの丸太小屋が
いつもにまして、輝いて見える。

開拓時に建てられたロマノフ式のこの小屋は
原生カラマツの小径木でつくられたのかなあ。

なにしろ今はこんなに育ったんだから四の五の言わずに、使わせて頂こう。
このモチベーションこそ、確かに僕らしさの原点のひとつだろうし。








2013.02.28

企画展をやります。

(0)  (0)

企画展のご案内です。
松本で親しくさせていただいているお店のスペースをすこしずつお借りして
7店舗で作品を発表させていただきます。
作品はこれまで僕が作ってきたのとすこし違うやり方で...キャリアが25年にもなる先輩と一緒に作っています。

一緒にというのは、コラボレーションというのではなくてもっと密に、
企画、デザインからはじめて、一緒にひとつのものを作るという意味です。
お互いに切瑳琢磨できる環境を作れたのではないかと思っています。

そうやってある意味で冷静に、
互いに役割を分担しながら意見を言い合える環境って木工家にはなかなかない気がしていました。
ヒトカワむけるために、いいものを作れるようになるために、頑張っています。




pfm201303_a1.jpg


pfm201303_a2.jpg


2012.03.27

もうすぐ父のお弟子さん二人が卒業。

(0)  (0)

DSC_1115.jpg

気がついたらブログを更新しないままに今月はもう27日となってしまった。
4月を目前にしながら、3月というのは本当に気忙しい時期だなと思う。

春は卒業と入学のシーズンでもある。
僕は長い間、お箸箱の設計をしていて、
けれどどうしても気にいるスケッチに至らずにいる。

というのは自分らしいものができないというか
何を描いてもどこかで見た事のあるモノになってしまって、
もっと正確に言えば素敵なものがいくつもあるので
新しく木を削り始めるだけの勇気が湧いてこないのだ。

お客様は僕の作品を長いこと、いくつも使ってくださっている方で
良い物ができたらで良いと仰ってくださっているのだが
流石に本当に、苦しいのです。

しかしこれこそが生みの苦しみというもので
逃げ出すわけにも行かずに悶えているうち
すこし光がみえてきたりして、やっと救われたりします。
その光が、今回は材料と昨年の秋の展覧会によって見えたように感じるので
なんかちょっとだけ、希望がわいた。
学校にもっていけるように早く作らなくてはならない、
なにせ卒業する日は、刻々とせまっているのだから。

父のもとで3年間修行に励んで来た2人のお弟子さんがまもなく卒業する。
どんなお弟子さんでも、3年いると本当にいろいろな思い出がある。
そういえば、最近は途中でやめちゃうお弟子さんがいなくなったなあ!
父も丸くなったということだろう、あれでも(笑)。

卒業してしまえば少しの寂しさの後また日常が訪れるのは
これまで何度も何度も繰り返してきた経験だけれど
晴れやかな日を目前に、僕はただただ、みんながそれぞれに
怪我のないように、木工の道を歩んでいければと思う。

木工をしている人はたくさんいる。いろんな木工があっていいと思う。
僕だったらたとえば、犬小屋専門の木工家になりたいな、などと夢想することもあるけど
どんな夢だって、叶う可能性はあるんだし
だからきっと木工を続ける事は意外と叶うはず。
怪我に気をつけて、楽しんで、そして周囲の方に感謝をすることが
きちんとできれば、大丈夫。

そう信じて、僅かな3月を過ごしたいと思っています。



2012.02.07

木の手入れと、古び。

(0)  (0)

IMG_4535.jpg
お客様に家具を納品すると、メンテナンスはどうしたら良いのですか、と聞かれる事が多い。
「から拭きして、汚れがおちなければ固くしぼった水拭きをしてください。」
「頃合いを見計らって、家具用のオイルもしくは、オリーブオイルなどで拭いてください。」
とお伝えしてる。

頃合い、ってところがすこし解りにくいくらいで
自分で書いていても、簡単すぎて拍子ぬけしてしまいます。
ちなみに...メンテナンスというとなんか言葉がしっくりこなくて
僕としては、是非「手入れ」という言葉で説明したい。

木という素材は作り立ては真新しいけど
そこに普段のお手入れがあって、どんどん美しく輝いていく。
使う人の「手」が関わる事で成長するのだからすばらしい、と思います。


日産が傷を回復するiPhoneケースをつくったらしいが
買った時より、美しくなるのかな。
>http://jp.techcrunch.com/archives/20120117nissan-scratch-shield/
以前僕がつかっていた携帯電話は
ステンレス製で、つかっているうちに塗装がはげてきたんだけど
素材の本物感(どこからどこまでが本物なんだろうか)があってそれが好きだったなあ。
使っているデジタルカメラもすこし傷があって、それがなんだか
味わいがあるんだけど(ボディはマグネシウム合金)、そこにも本物感を感じる...。

さてさて、難しい問題はおいておいて
木のお手入れ。
いま、家では蜜蝋ワックスでの手入れを試しています。
オレンジ由来の溶剤がはいっているので
汚れが浮き出て、それを拭き取る感じ。
蜜蝋も程よく柔らかいので冬でも使いやすいです。

ある程度の汚れや水分をはじく効果はあるのと
やっぱり天然成分なので使っていて安心。
ベタベタするし、匂いも独特だけれど
もちろん水性ラッカーのように木を保護はできないけれど
いま、「これがよい」と判断できる気もするし
「これでよい」というのも大事な気がする。

もっと便利に、もっと高度にと求め続けることも良いかもしれないけれど
時々、これで良い、ととどまることもまた、大切な気がするのです。






2012.01.19

もくもくと仕事を。

(0)  (0)

IMG_4404.jpg

いろいろな仕事があって
昨年末から正直、お正月休みもなく年も越した様な越していない様な
まあ、しっかりと忘年会新年会もあったりで新年感は充実しているけれど
そんな気持ちの部分もあります。

家庭画報さんであたらしく販売をはじめてくだっさったべべ箪笥も早々に注文があり
他の媒体さまでも現在取り扱いの計画が進行中。
今年あらたにトライしたい技術にむけて長野県技術試験所さんの協力もあおげることになり
制作については新しい構造(=デザイン)のキャビネットに取組めている。

頭のなかはいろいろな思いや企画で満杯気味で
ひとりでこなせる仕事ではないなと思いながら
それでも大勢の方の支えでこれからもなんとか進んでいければと願っています。

最近、地元のいろいろな方と仕事で繋がりをもてるようになりました。
それがなんだかとてもありがたく嬉しい、そんな気持ちです。


当て台にむかい、仕事の基本である鉋をつかっているとき。
いろいろな事が霧散して手元に集中できるときが
なんだか愛おしく感じられるのは
長年親しんだ場所であり、またこの場所が生み出す特別ななにかを
まっていてくださるかたがいる、というこのうえない幸せのせいだと思っています。

なんか、そんな感じです。

今日はこれから、東京へ木彩会の会合へ。
ひとつのルーツでもあるので、少し遠くてたいへんだけど、父とふたりで出かけてきます。
向島百花園でいまもかわらずに新年1回目の会合をするというのが
なんだかやっぱり、嬉しいのです。



1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8  |  9  |  10  |  11   


PAGE TOP