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仕事のハナシ

2012.01.04

仕事始めの、薪ストーブ。

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新年の仕事始め。
だれもいない工房に朝イチではいって
書き初めの書き損じを焚き付けに、薪ストーブを燃やす。
仕事場が暖まるのを待ちながら砥石を水にひたして
鉋の台をなおし、刃を研ぎはじめる。

僕が大好きな時間。

昨年は秋の親子展にむけて、気持ちが高ぶっていた。
今年は、大きな展覧会の予定がない分だけ、
これまで後にまわさざるをえなかった新しい試みに
挑戦できるような気がしています。

36歳の新年。
闇雲に無駄に動く体力もあるし
経験と歴史と助言をしっかりと活かしたい気持ちもあるし。

火にあたっていると妄想はつきません。






2011.09.28

ついかんがえる。

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幼いときから父がよく工芸と美術の違いについて話していた事を覚えていたりとか。
大学生の頃にはデザインとアートの違いについて友達と話したりしていたけど。

最近では工芸とプロダクトについて
どこが違うのか違わないのかを、考える機会が増えた。

いろいろな産地、いろいろな伝統産業、いろいろな地場産業からのあたらしい発信に
とくに最近、「工芸」という言葉がよくつかわれているように思う。

僕からすると、どういう定義で工芸とするか思い続けているだけに
いろいろなコピーにふれるたび、場面ごとの意図と理由に無関心ではいられない。

たとえば、おなじ木工品でも完全に機械でつくられたものが工芸品としてリリースされ
注目の工芸品としてメディアにのっているのをみると
その場合の工芸とはなにを指すか、ひとつひとつ整理したくなる。

僕は名刺に、工芸家と書いている。
曖昧な言葉でもある。けれど姿勢を示しているつもりではあった。
けれど、示せているのか、不安になる。
それほどに今、工芸という言葉は巷に溢れている。

和光の美術部の方は作家として扱ってくださる。
世間で作家というと、文筆家を連想する方が多いように思う。
けれども、作る人だから作家、というのは僕はすっきりしていて好きだ。
何を作るか、というのは別に自分や世間に対して決めなくても良い。
受ける人の感覚でよいし、言葉で定義されなくても良い。
結局、自分がなにを志しているかということか。

指物師といいたいところだけれど
自分のしていることが「指物師」とはいえない気もする。
以前、「自分の事を、恐れ多くて職人とは名乗れない」と仰る先輩木工家もいらした。


________________________

御箸を削っている。
修行をはじめて3年目ごろに、おそるおそる父に、作り方を尋ねて習った御箸で、
ずっとそれを守ってつくりながら、最近では
いろいろな樹種で、すこしずつ太さや長さをかえて
自分なりの好みを模索するようになっている。

来月の和光展でも御箸をだしたいと思って制作している。
もう見飽きた方もいらっしゃるかもしれないが、もしかしたらずっと作り続ける作品だし
そのたびにすこしでもうまくなれば、それも良いのではないかと思う。
そういえば今回は、いままで展覧会に出品した桑や一位の御箸は作っていない。

そんな箸作りのジグを新調した。
自分なりに工夫してジグを新調するのは、それなりの勇気と決意が必要。
父に習った事の本質に気づけなければ、父が教えてくれたジグよりも良いものに
なるわけがないからだ。




2011.09.17

ご要望がございましたので。

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ギャラリーの方から「つかっている『シーン』の写真が欲しいので...。」というご要望があったので
誕生日プレゼントにつくった「欅の本立の写真
を撮りました。




2011.09.03

ライフスタイル?

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僕よりひとつ上の、クリエイターに刺激をうけます。
素敵だな!と思う「ちょっと上の」世代の方を目標に、日々頑張っています。

松本で設計事務所をされている、源池設計室の轟さん御夫妻。
以前から父を通じて面識があったのですが
最近Facebookでもやりとりがはじまり、とても嬉しく思っています。
カメラがこわれた、という話をしたらすごく心配してくださって、
本当にありがとうございました。

轟さんが毎週月曜日に書かれているマンデーコラム。
以前、僕が感銘をうけたのは「タオル事情」の記事。

僕も日々生活の中で様々な布巾を使い分けています。
たとえば、キッチン用A〜C、
洗面所のタオル、お風呂用のタオル、床用、家具用、その他...。
それに応じて、収納の場所、布の種類、洗濯のカテゴリー分けなど
でてくるわけです。

実際、それがうまくいかないと家がちらかっちゃたりして、
それが大切な毎日のちょっとした邪魔になっちゃったりして。

轟さんは御施主さんとの打合せのなかで
そのような「タオル事情」に至るまで細やかに設計に盛り込むというスタンス。
どんなタオルをどんな風に御施主さんが使っているかも話し合うというのだから
これはもう、なんか住宅の設計というものが生活の設計なんだという
考えてみればすごく当たり前の事を徹底的に実践していらっしゃるのだな、という衝撃。
すごいなあ。

御夫婦で設計をされているからこそ、かもしれないのですが
僕が住宅のどこに興味が湧くかっていえば
「ライフスタイル=生活システムの構築」について、設計者さんが
どのような哲学をもって、それを実現するカタチにしているかということなのかも。
実現するにはいろいろな難題も出現するだろうけれど
そこを乗り越える知恵というのは、「とんち」みたいな痛快があるのだろうと想像します。

下駄箱の事や洗濯の事、お風呂掃除の事や
家族間の空間の分け合い方、外部との仕切り、緩衝域のことなど
とてもとても興味があります。


きっと、発信と受信にふたつくらいのステージがあって
1.その哲学から想い描くスタイルに共感できるかということ、と
2.そのスタイルを紡ぎ出しかたに共感できるかということ、で
どの物作りも、そこは共通しているのじゃないかなあ。


...なんていうことを考えながら、朝食をとりました。
僕は鉄のフライパンで焼いてもらった目玉焼きが、大好物です。



>源池設計室さんのサイト
>マンデーコラムの、「タオル事情」の掲載ページ。「いえをつくる ごはんをつくる くらしをつくる」も必読です。



[ スタイル ]

2011.09.01

大先輩の陣中見舞い。

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「今、駅だから、迎えにきてくれる?」
突然の電話は、現在は稲取に住む、遠い親戚の「みっちゃん」。
なんと、祖父、保三の最後の弟子という
バリバリの大先輩だ。

突然来るには遠過ぎる距離だし
東京から鈍行で甲府まで来て「あんまり遅いんで頭に来て」特急あずさに乗り換えるあたり、
まったくもって、江戸っ子気質(いまは稲取だけど)。
木工をやめて家業を継いで、寿司屋の大将をやっていたから
ぶらさげていらしたスズキもさては江戸前の極上品かと思いきや
「松本のスーパーで買ったんだよ」という、なんとも洒落っ気のある感じ。

和光の展覧会の直前に、最高の陣中見舞いをしていただいた。
もう、9月だ。頑張って、最後まで走りきらなくちゃ。
和光がゴールではなく、スタートにならなくちゃいけないんだし。




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