2008.10.24
長野県の手仕事「作り手を訪ねて」から
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幼少時代を東京都中央区で過ごし、鎌倉市で工房を営んでいた前田純一さんが松本への移住を決めたのは、純一さんが36歳、大作さんが9歳の時のこと。木工家として、木を相手にするならば、自然の多い土地に暮らしたいと考えていた折に、この場所に巡り会った。
「訪れたのが紅葉の時季でね、森の木々の色が素晴らしかった。この景色を見て暮らせるなら、どんなに不便でも、それだけでいいと直感で思ったんです」と、純一さんは微笑む。こうして前田木芸工房は、自然と寄り添う形で新たな一歩を踏み出した。
100年続く江戸指物の家系、前田木芸工房。3代目である純一さんが抱いてきたのは「ものは人を教育する」という想い。そのため、自身の周りからも不必要なものは徹底的に排除し、子どもたちには、常にその世界で"良いもの"とされるものを与えてきた。
「世界中にある一流品と呼ばれるもの、その背後にはつくり手がいて、命懸けでそれを送り出している。その力を感じてほしかった。それに、理に適って優れたもの、強いものは、理屈抜きに美しいんです」
ものが子どもたちに教えてくれるすべてが、純一さんにとっての子育てであり、教育だった。優れたもの、良いものを知らなければ、それ以上の作品を世に送り出すことはできない。こうした
"良いもの"を生み出そうとする感性のなかで、大作さんは幼い頃から育ったという。
日々を過ごす住居スペースには、そこかしこに純一さんと大作さんが作った家具や道具が置かれている。高さ、大きさ、重さ、手触り。すべてが調和した「そこにあるべきもの」が当然のごとく配され、空間を形成している。それらの構造的な必要用件を追求するうえで自然に用いられるようになったのが、鉄、真鎗、銅、アルミニウムなどの金属類、さらには革などの異素材だ。
「長年、木に携わり、知り尽くしているからこそ、木の不得意なところも見えてきます。そこにどのような素材が最適なのかを考え、"必要"から始まったのが異素材を使った作品なんです」と純一さん。適所に適材を用いて組み合わせる発想から、独自の作風が生まれ、前田木芸工房の顔となった。
さらに、新たな取り組みのひとつに信州カラマツの利用がある。戦後、信州に多く植林されたカラマツは、その扱いづらさから、現在ではあまり家具に用いられることがない。しかし「木を扱うものとして、そこにある材を使わなくていいのだろうか」そんな大作さんの発想からカラマツに向き合うようになった。確かに苦労の連続ではあったものの、ようやく、カラマツにしか成し得ない魅力や個性を生かした「Caramatsuシリーズ」が誕生。そのひとつが「1年箸」だ。
「このお箸は、1年を目安に使って、その後はできれば自然に還して欲しい。そうすることで森と人間の関係が保たれ、良い木が育ち、良い作品が使い手の暮らしを美しくするのです」
目の前にある素材で、ものを作る。言葉にしてしまえばたったそれだけのシンプルなこと。ただ、絶対条件としてそれは、不可欠な仕上げで要を満たし、最良の細工が施された世界一美しいものでなければならない。それが、つくり手の誇りであり、役割なのだ。
「時代に合わせて環境は変化し、求められるものも当然変わります。だから、工芸において100年間つくるものが同じということは考えにくい。ただ、父や僕の根底に流れている感性は祖父のものであり、曾祖父のものでもある。その時代、時代で、手を動かしているのが父や僕であるというだけのことで、その価値観みたいなものは心のなかに息づいているんでしょうね」
伝統は形ではなく、精魂のつながりであり、そこには絶対的な″美″が宿る。現代へ伝統工芸を受け継ぐつくり手の、真の姿を見た気がした。
情熱を注げる仕事がある
至高の味わいがある
最愛の人がいる
株式会社まちなみカントリープレス・KURA

