2008.11.11
取材_市民タイムス白澤幸恵さんとの会話2006年12月25日
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市民タイムスは松本市を中心にした地方新聞で発行部数は7万部ほど。インターネットはじめ AM・FMなど、TVがなくても大きな事件などのニュースなど、生きていくのに情報が充分な現代はむしろマスメディアに載らない地元に密着したコミュニティーや文化、創作活動などの記事が楽しく一市民として貴重な存在です。
信州は木工作家の数は日本一ではないかといわれていますが、ほかにも様々な分野の方が数多く創作活動をしています。地域的にも木曽から安曇野まで広範囲にわたり、そういった作家の方々の生き方と作品をシリーズで取り上げて下さっています。
江戸指物、伝統工芸ってなんですか?という若い方らしい素直な疑問に、・・・目的を見据えずに技法とかたちを継承することだけにとらわれていてこの仕事は過去の存在になりかけている・・と思う小生、質問にお答えしながら、伝統とはなにかを自身で振り返るいい機会となりました。クリスマスに発行していただきうれしいです。
江戸指物、伝統工芸ってなんですか?という若い方らしい素直な疑問に、・・・目的を見据えずに技法とかたちを継承することだけにとらわれていてこの仕事は過去の存在になりかけている・・と思う小生、質問にお答えしながら、伝統とはなにかを自身で振り返るいい機会となりました。クリスマスに発行していただきうれしいです。
THANX!!!
「創・の現場を訪ねて」
伝統的な感性 形に
伝統的な感性 形に
大量生産、大量消費が美化された高度経済成長期、日本のものづくりは変わった。職人技を伝承する人は減り、家を建てる材木は建材になり、学校で使う机も木製からスチール製の「命のない工業製品」に切り替わっていった。
オフィス家具メーカーに身を置きながら「消費社会は人間を良くしないのではないか」と思わずにはいられなかった。
毎日勤めから帰ると、細々ながら確かな技で江戸指物(さしもの)を作る父親の姿があった。「自分が継がなければこの仕事はなくなってしまうとも思った」。二十五歳で会社を辞め師事した。
指物は、ほぞで板や棒を組み合わせる伝統的な木製品だ。特に江戸指物はきゃしゃで粋で「極限の薄さを追求しながらも削るごとに大きく強くみせるもの」だという。父を見習って技を身に付けた。
三十歳の若さで日本工芸会木竹部正会員となった。「伝統的な感性を結果的に形に表す」ことに専心し、江戸指物師の三代目として精巧な技を土台に、鉄や銀、鋼、革なども取り入れたモダンでシンプルな独自の工芸品を生み出している。
自宅兼工房は、美ヶ原高原中腹の山あいにある。市街地から一時間近く車を走らせカラマツ林を抜けた所に広がる集落「三城」が気に入り、自ら設計して弟子たちと建てた。「自然と遊離しない、自然と一体感のある生活の中で使うものを作らなければいけない」。作品作りは人生をデザインすることと同じと考え、発想の場から手掛けたのだ。昭和五十九(一九八四)年に工房を移し、現在は四人の研修生と創作している。
作品が人の心に訴える心理的機能を大事にする。その機能があるものは使い続けられ、美を増し、やがて伝統になると考えるからだ。その上で「未来の生活様式を創造して」、神社の鳥居の曲線など日本人の美意識に訴える曲線を表出させ、使いやすく丈夫なデザインを練る。日本の日常生活にいすやテーブルが入り込んだのは、たかだか半世紀前。日本の民族性や暮らし方と融合させ「日本のものにしていく途中がいま」だと思っている。
若い作り手に、伝統的な木工技術という文化を伝承したいと願い昨年、特定非営利活動法人(NPO法人 「三城シューレ」を立ち上げた。
「暮らしの中で日本人の伝統、つまり習慣や美意識といった精神性も学んでほしい。それが形になるから」と寝食をともにする。自身の意匠はNPOに寄託し、研修生たちはそれを見習って稽古(けいこ)″に励む。
「火を見ていると勇気がわくね」。薪(まき)ストーブを前に、二十年以上も前に作った原点ともいえる「僕の椅子(いす)」に座り思索する。「木には命がある。立っている木にはない機能と美しさを出せるものを作らなければ」と、自然に囲まれた暮らしの場で、万物に宿る命を思いながらの創造が続く。



白澤幸恵

「工房で白澤さんと」2006年12月
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よいモノを長く使い侘びさびた古き良きものを伝承することと僕達日本人に同居しているもうひとつの対照的な心情、真新しく精々しいものを尊び、古くなったものを大地に還してそのエネルギーがくり返し新しい命を生み出すという考えは、再生するエネルギーとして炭と薪、天然素材として障子や畳に象徴的で、樹の国がおそらく何万年も地球と共存してきた歴史となっています
江戸時代になって蕎麦、鰻を食べさせる外食習慣が生まれ、日本酒の酒樽を作った端材(余りの木)の有効利用として考え出された割り箸は清潔好きな江戸文化が生み出した伝統で様々な割り箸が現代に伝わっていますが、世界的な人工増加や外食やファーストフードやお弁当を食べる機会が倍増したことで1990年の割り箸の消費量は1960年からの30年間で6倍になり、日本人一人が年間200膳もの割り箸分の木材を使い捨てていることになります。割り箸はお店のサービスですから価格に限度があり日本産は割に合わなくなって海外の端材ではない丸太を消費することになったのですが、現代は家具なども含めて樹の伐採量が自然増加量を上回り地球の砂漠化が進行している危惧は緑に覆われていたエジプトや、イースター島の歴史からも頷くことが出来ます

「家族一年箸の誕生まで」
割り箸には「元禄、小判、長禄、利休」などの様々なかたちがあるのですが、天削(てんそげ)は大正時代に生まれた新しい形、研ぎ澄ました刃物で樹が痛がらないよう斜めに潔く切り落とした形が、まるで生きのいい魚を日本刀のような切れの良い包丁でさばいた江戸前独特の感覚なので工房のお気に入りです国産檜の価格は最高級の建具材では立米(1mX1mX1mの容積分)100万円にもなりますので、建築家具材の端材であってもさすがに使い切りは勿体なく、この箸は汚れた肌を洗いとって日々新た、いつも新しい木肌がすがすがしい白木(しらき)ながら一年間は使えるように傷みやすい箸先を漆で保護して天削を五色で塗り分けました。色漆と金箔を使った五色を家族ひとりひとりの美しい個性と存在と尊重に例えたものですが白木と漆塗りの組み合わせは前例がないと自負しています
日本では五行、「地・水・火・風・空」をきれいな色幕で表しますので はじめ「五行箸」 と名付けましたが、家族お揃いが一体感を生み、社会を構成する最小単位「家庭」が食卓をこの箸で彩って楽しみ信頼し合うよう祈りをこめて「家族一年箸」と改名しました

日本では五行、「地・水・火・風・空」をきれいな色幕で表しますので はじめ「五行箸」 と名付けましたが、家族お揃いが一体感を生み、社会を構成する最小単位「家庭」が食卓をこの箸で彩って楽しみ信頼し合うよう祈りをこめて「家族一年箸」と改名しました

「泉・庭で」
和の食器は西洋と違って同じものを使わない個人用なので洗剤で洗う必要もなく、それで長い間日本のきれいな水が守られていたのですが最近の輸入材で作られた箸には材木に歩止まり(無駄のでかた)を優先し防かび剤や農薬が染みこませてあり、それらを口にして僕達は健康を失ったり化学物質が海に流れ、雨となって循環して大地を汚染しているのです
こうした環境破壊は自然の木で作る家や家具が少なくなって端材が出なくなったり、勿体ないとケチくさいを混同し、手のかかることはしないという今の社会の利潤や効率優先が原因と思いますが、奈良では特産吉野杉の端材から割り箸を作り伝統を繋いでいます。今では採算が合わなくなって風前の灯と言った状況でも端材を生かして粗品として配っているのですが、勿体ないという日本人の感覚は割に合わなくても正しいことをしたいという良心、経営は大変でも気持ちがいいことでしょうね
さて、日本の木で作る箸、お碗という食器は、自然の産物を神様と人が共にいただく儀式のために創られたのがはじまりで神聖な道具は繰り返して使わずに土に還し、あたらしい清々しいものを尊ぶという日本人の精神性がつくられてきました。この伝統は神の依り代を新しくするために調度品などを新しく整える伊勢神宮の式年遷宮にながく伝わっていて、人が樹の成長に合わせた使いかたを工夫することで森・国土がリフレッシュしたり、伝統を守りながらものを作るための技術が伝承され、自然と共存することで美しい日本の風景が育まれてきたのですが、僕達が生きていくために必要なたべものなどなど、そもそも人は自然を作れないものなのですね
今年最後の仕事を仕上げるこのころ、慌ただしさと楽しみが同居しながら家族が協力しておせちを作ったり、餅つきをして鏡餅を飾ったり、正月用の箸を拵え、神_自然に感謝し祈るのが日本人の習慣です。墓参りもして新年を迎えるすがすがしさは一生にたった数十回、心して味わいたと思います

こうした環境破壊は自然の木で作る家や家具が少なくなって端材が出なくなったり、勿体ないとケチくさいを混同し、手のかかることはしないという今の社会の利潤や効率優先が原因と思いますが、奈良では特産吉野杉の端材から割り箸を作り伝統を繋いでいます。今では採算が合わなくなって風前の灯と言った状況でも端材を生かして粗品として配っているのですが、勿体ないという日本人の感覚は割に合わなくても正しいことをしたいという良心、経営は大変でも気持ちがいいことでしょうね
さて、日本の木で作る箸、お碗という食器は、自然の産物を神様と人が共にいただく儀式のために創られたのがはじまりで神聖な道具は繰り返して使わずに土に還し、あたらしい清々しいものを尊ぶという日本人の精神性がつくられてきました。この伝統は神の依り代を新しくするために調度品などを新しく整える伊勢神宮の式年遷宮にながく伝わっていて、人が樹の成長に合わせた使いかたを工夫することで森・国土がリフレッシュしたり、伝統を守りながらものを作るための技術が伝承され、自然と共存することで美しい日本の風景が育まれてきたのですが、僕達が生きていくために必要なたべものなどなど、そもそも人は自然を作れないものなのですね
今年最後の仕事を仕上げるこのころ、慌ただしさと楽しみが同居しながら家族が協力しておせちを作ったり、餅つきをして鏡餅を飾ったり、正月用の箸を拵え、神_自然に感謝し祈るのが日本人の習慣です。墓参りもして新年を迎えるすがすがしさは一生にたった数十回、心して味わいたと思います

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