2008.11.11
HANDS_手のかたちのオブジェ
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「HANDS・1986年」
三城へ移住したころ、子供達の雪遊びは暗くなっても終わらない。
服を乾かすのが忙しく、薪ストーブの横に手袋を乾かすためのハンガーを作った。東急ハンズをもじってネーミング、手の仕事の大切さを思い笑った。子供達は成人して、今では庭で役に立たないオブジェとなっているが、錆びた鉄には家族の過ごした時間が堆積し、懐かしくそのころを甦らせてくれている。
便利で安価、しかし美しくはなく、愛着も持てずに捨てられてゆくものが町に増え、子供の遊びをお金で買うようになったのはいつ頃からだっただろう・・
僕が子供のころ東京湾はまだ美しく、父はお弟子さんと僕達をハゼ釣りに連れていくのを楽しみにしていた。釣り竿を持たされ自転車の後ろにのせられたが、品物を運ぶための頑丈な荷台には、やさしい檜でしつらえた子供用の座席がネジ止めされ、小さな布団が敷かれていた。ものごころがついたそのころの頃の僕にとって、親の背中に抱きつくことは気が引けたが、荷台から落ちるほうがはるかに怖くて、厳格な父の背中に夢中でしがみついた覚えがある。持ち帰った獲物を、父は天ぷらにして僕らに与え、暮れになると母は甘露煮にして、おせち料理に備えていた。

どの子供にも平等に、自然の中で親と遊ぶ権利があたえられていた時代。
釣糸巻き、ハゼを持ち帰る箱、ゴカイを入れるえさ箱など、すべてが父から子供への愛情に満ちたメッセージと、もの作りとしての思いが込められた手作りの道具類だった。

