2009.02.12
扇のパーソナルチェアー_「時代をつなぐなかまたち展」2009年2月19日から・銀座和光並木ホール出品作品から_
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座るのに椅子が必要になったのは戦後生活が洋風化したからである
椅子には家族が勉強したり食事をしたり仕事をするためのものと、個人のものとがあり、自分用の片アームのパーソナルチェアーを1986年に作って気に入っている
23年の間、僕はこの椅子に座って日の出と夕日に感動し、燃える樹の故郷を思いながらご飯を炊き、樹が灰になる過程を楽しみ、悩み考え、たまに喜んだり夢を見たりしてきた
8寸(24cm)の存外の座面低さはそのころ小さかった子供達と僕との視点を合わせるためであったが、床に座る方を見下ろさない
一見固い木の椅子にこだわるのは、化石資源から出来たふかふかのクッションよりも、夏であれば、いと涼しげな麻を被せた日本の座布団などをのせて楽しみたいからである

何十年も使える堅牢な椅子、親が座ったものをその子供がまた座る事が可能な椅子、流行でもなく、多少荒っぽく使って傷がつこうが、個性的でびくともしない美しい椅子などを作っていては儲からないので世の中にはへんな椅子が溢れているのだ
しかし樹を粗末にして作った規格の椅子に自分を合わせたり、使い捨てを買い換える事を楽しみにしてしまうと、自分の人生までが型にはまった使い捨てになりかねない
この椅子には火の番にはじまり、生きていくためのさまざまな仕事が与えらているのだが、僕はぼちぼち息子に譲ってもうすこし座を高く大きくした新作に座ろうかと思っている

