2009.05.22
S邸厨子_1986年
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「いのりのしつらい・桑材の厨子」1986年
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昔、偶然工房を訪ねてきたS君とは、彼が都会でコンピュータの仕事をしていて精神を病み、現在の工房建築の肉体労働を手伝ってもらって健康を取り戻して以来の長い付き合いになる
都会をひきはらい松本で暮らすことになったS君の母上がある日工房へみえ、厨子を所望されたので僕は仰天した。厨子仏壇は日本の仏教のしつらいだと思っていたのである
もうすこしお話を聞かせてくださいというと、洗礼をお受けになったときの十字架とマリア像がそのままなのでというお気持ちだった
辞退するつもりだったが、僕の気持ちが変わったのは、お持ちになった小さなマリア像の美しさだった。大切に箱に入ったままのお像の台を作りたいと思ったのである
台と光背、高さ30cmに満たない厨子、キャンドルスタンドなどのスケッチを数ダース描いてお見せしたいというと、頼んだのだから必要ないといったことを仰った
制作には半年ぐらいかかっただろう、修道院出のS君のご意見を聞きながら制作にとりかかり、木工家の僕ははじめて美しい銀の蝶番を作ることができて、お持ちしたときの嬉しそうなお顔が目に浮かぶ
54歳の夫を亡くされて以来の看護のお仕事を退職、あのときからの松本での彼女は教会でさまざまなお世話をされて来月には90歳、階段を駆け上がっていたほど陽気だったのに、体調を崩されてあっというまに天国へ召されたと昨日S君から悲しい知らせを頂いた

そのとき作らせて頂いた小さなキャンドルスタンドに火が灯されていて葬式は温厚そうな司祭によりつつましく進行した。清澄な聖歌に包まれながら僕は棺のなかの美しいモニカさんに心からの感謝の気持ちを伝え、別れを惜しむ友人たちに見守られて彼女は旅立った

宗教を論じるのは御法度とされているが、僕の親友は邪悪な教祖に御利益があるからと騙され、妙なモノを買うために大金を持ちだしたつれあいと離婚している
二者択一を迫られたとき、あるいは辛いときに判断の基準にすることは、すがたかたちが美しいか否かだよと僕は後輩に伝えることにしている
正しいものだけが美しく僕は美しいものをつくりたいのだが、このことはとらわれることのない自由なこころとともに、彼女が僕に残してくれたことのような気がする。


クルマを降りるなり、ここは天国ですね、とUさんは言われた
「鎌倉からのこめつつじ白 と ゆきのした」小さな滝で

