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指物師の道具箱7_砥石

2014.05.10

「木材の話」「砥石の話」関野聖雲 昭和16年

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素材やスタイルや工具が西欧化しても、僕たちは日本の樹と刃物と砥石に大きな敬意と誇りと愛着をもって仕事をしています。関野先生は、父保三が木彫の教えをこうた東京美術学校の恩師で僕が預かっている砥石は関野先生がお使いになり、腕を見込まれた父が譲り受けて愛用した銘品です。この小文は僕が生まれる十年近く前につくられた関野聖雲作品集のあとがきですが、断言は経験を得た確かな自信なくてあり得ません。優れた工人の熱意と探求心が端的で僕のような時代に生きる若僧などはまだまだ、といった思いがします、爆汗

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木材の話>>google+

砥石の話>>google+

2011.10.18

本山合せ砥の仕立て直し(3)_蓋

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一木彫込み作り台部にたいして、蓋は指物です


無駄がなく華奢で堅牢を特徴とする江戸指物ですが、国産檜材を空木(殺菌力のあるくろもじの木釘)で組み、摺漆で仕上げると長年の研ぎ場での過酷な使用に見事に耐えてくれるのです
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胴張りに作る木釘と下穴の関係は重要で、四つ目錐(断面が四角形のキリ)で下穴を作ります。江戸にはそれに欠かせない「あらい」という美しい錐作りの名人が昭和後期までいたのですがすでに手に入らないので現在は2、3ミリのドリル刃をダイアモンドグラインダーで研磨し、電気ドリルにつけて穴をあけます。安価で早くて便利ですがなんとも味気なくなったもんです・笑
 いずれにしても木釘を玄翁で打ち込むかねあいを音で判断する勘仕事で、弱いと隙間があき、度を越すと木が割れてしまう年季のいるシンプルな技法ですが、クランプ類を使わず、場所をとらず、はみでた糊の始末のしやすさなど、日本の伝統仕事は大変合理的です

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画鋲.jpg以前の失敗などから寝床の中で考えついた道具が思惑通りに機能したときはまったく楽しく、自分なりの道具をつくることが自分ならではのこれからの作品制作につながっていきます

以下は高村光太郎の書かれた文です
【注】高村光太郎全集第五巻より転載させていただきました


「小刀の味」
高村光太郎全集第五巻より

飛行家が飛行機を愛し、機械工が機械を愛撫するように、技術家は何によらず自分の使用する道具を酷愛するようになる。われわれ彫刻家が木彫の道具、殊に小刀(こがたな)を大切にし、まるで生き物のように此を愛惜する様は人の想像以上であるかも知れない。幾十本の小刀を所持していても、その一本一本の癖や調子や能力を事こまかに心得て居り、それが今現にどうなっているかをいつでも心に思い浮べる事が出来、為事(しごと)する時に当っては、殆ど本能的に必要に応じてその中の一本を選びとる。前に並べた小刀の中から或る一本を選ぶにしても、大抵は眼で見るよりも先に指さきがその小刀の柄に触れてそれを探りあてる。小刀の長さ、太さ、円さ、重さ、つまり手触りで自然とわかる。ピヤニストの指がまるでひとりでのように鍵(けん)をたたくのに似ている。桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀を一本ずつ叮嚀(ていねい)に、洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、かすかに錆(さび)どめの沈丁油の匂をかぐ時は甚だ快い。
 わたくしの子供の頃には小刀打の名工が二人ばかり居て彫刻家仲間に珍重されていた。切出(きりだし)の信親(のぶちか)。丸刀(がんとう)の丸山(まるやま)。切出というのは鉛筆削りなどに使う、斜に刃のついている形の小刀であり、丸刀というのは円い溝の形をした突いて彫る小刀である。当時普通に用いられていた小刀は大抵宗重(むねしげ)という銘がうってあって、此は大量生産されたものであるが、信親、丸山などになると数が少いので高い価を払って争ってやっと買い求めたものである。此は例えば東郷ハガネのような既成の鋼鉄を用いず、極めて原始的な玉鋼(たまはがね)と称する荒がねを小さな鞴(ふいご)で焼いては鍛え、焼いては鍛え、幾十遍も折り重ねて鍛え上げた鋼を刃に用いたもので、研ぎ上げて見ると、普通のもののように、ぴかぴかとか、きらきらとかいうような光り方はせず、むしろ少し白っぽく、ほのかに霞んだような、含んだような、静かな朝の海の上でも見るような、底に沈んだ光り方をする。光を葆(つつ)んでいる。そうしてまっ平らに研ぎすまされた面の中には見えるような見えないようなキメがあって、やわらかであたたかく、まるで息でもしているかと思われるけはいがする。同じそういう妙味のあるうちにも信親のは刃金が薄くて地金があつい。地金の軟かさと刃金の硬さとが不可言の調和を持っていて、いかにもあく抜けのした、品位のある様子をしている。当時いやに刃金のあつい、普通のぴかぴか光る切出を持たされると、子供ながらに変に重くるしく、かちかちしていてうんざりした事をおぼえている。丸山のは刃金があついのであるが、此は丸刀である性質上、そのあついのが又甚だ好適なのであった。
 為事場の板の間に座蒲団(ざぶとん)を敷き、前に研ぎ板を、向うに研水桶(とみずおけ)(小判桶)を置き、さて静かに胡坐(あぐら)をかいて膝に膝当てをはめ、膝の下にかった押え棒で、ほん山の合せ研を押えて、一心にこういう名工の打った小刀を研ぎ終り、その切味の微妙さを檜(ひのき)の板で試みる時はまったくたのしい。

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2011.10.18

本山合せ砥の仕立て直し(2)_砥石の固定

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伸縮する木としない石の特質と、水の進入、乾燥に留意し、台と砥石を麦漆(むぎうるし・小麦粉と漆を練って作る接着剤)で固定します


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父に「あんこの硬さだ」と怒られましたが、耳たぶぐらいのかたさになるよう小麦粉を水で練り、写真の色ぐらいになるよう、漆を混ぜて練ります。一気に混ぜず、希硫酸を作るときのように、ホワイトソースを作るときのように・笑・ヘラで切るようにしては少しずつ練るのがコツです

1 砥石の底部三カ所をサンドペーパーで荒らしておき、適量の麦漆で点接着します
2 砥面が地層と平行になるよう高さを水平に合わせるのは重要です
3 砥石と台とはぴったり合わせず漆の緩衝材が入る2、3ミリの隙間をつくって位置決めします
4 ムロにいれ二、三日間乾燥します
5 乾燥後、水が入らぬように木の粉と麦漆を混ぜ松煙で着色して隙間をシールして室に入れます

【注1】木が伸縮して砥石とはがれないように麦漆は全面に塗らず三カ所にします
【注2】砥石と台の間に入った水を逃がすように台に穴をあけておくのが一般的です
【備考】漆の乾燥は温度20°上(以上)、湿度50%上といわれています
もっとも乾きが早いのは水分が多い生漆(きうるし)で、小麦粉、砥の粉、木粉、米糊などを混ぜるほど乾燥が遅くなります。
漆の種類別では、木地呂漆、呂色漆、や弁ガラや朱のような顔料を混ぜて朱漆を造る朱合漆など水分を抜いたりクロメたりして加工された漆ほど乾燥が遅く、2、3日から4、5日かかることがありますので湿気で伸びやすいうす造りの指物はこわれないように注意しなければなりません。酒井邦芳さんによれば顔料をまぜた色漆は一週間ほどかけてゆっくり乾燥させると発色がよいそうです




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2011.10.15

本山合せ砥の仕立て直し(1)_布着せ

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toisi01.jpg父は東京美術学校時代の彫刻の恩師、関野聖雲からこの砥石を譲り受け、関野先生はその恩師高村光雲から譲り受けたものではないかと昨年芸大彫刻課の藤曲隆哉先生がみえたおりに楽しく想像したのですが、高村光雲は光太郎から愛用の道具類を譲り受けているので、僕の預かるこの砥石は歴史を刻み込んだ由緒深い本山合せ砥で、欠けのないピン角の銘品です。

天然砥石は地層から水が入り傷むので、砥面以外に粗相のないよう麻布を着せ、その上から漆で養生するのが古来からのお作法で、小生が使い始めてから40年、父が使い始めたときには独特の形をした檜の台にすでに嵌め込まれていたので今回が恐らく80年以上を経た末の手入れとなるだろうと思われるのは、その台の形から愛用している人間が特定できることと、この砥石が(おそらく)浅草にある、といしや、で売られていた当時、すでに布着せがしてあっただろうと思われる正真正銘のあかしとなる丸い覗き穴が麻布に開けられてあるからなのですが、関野聖雲に関する研究と先生の使われてきた鑿、小刀、彫刻刀の資料をまとめている藤曲先生が工房のホームページの道具の写真をみてそうではないかと想像した末の工房来訪でしたので、砥石に限らず鉋、鋸、小刀などなど、作者の技量や道具への愛着と、それらが生み出すものとの関係をあらためて実感することになりました

 漆と麻布が砥石からはがれはじめたのは昨夏ごろで、心配な冬を迎え、この砥石もいずれは息子が使うことになるので、木部は自前、砥石養生は塩尻で漆の仕事をされている酒井邦芳さんにお願いし、僕の誕生日から3月までの間、手間暇惜しまずの仕事となりました
 今年は息子との親子展の計画があり、現代は簡単に済ますことが出来る素材と技法があり、僕は展覧会に向けて膨大なスケッチをかかえているのですが、やはりぼくたちは自分の仕事に誇りを伴わない安易な技法と未来の地球に悪いかもしれない合成素材を使いたくないものなのです

 


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「小端小口の漆布着せ」

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布着せ(麻布を漆で接着後、漆を塗り重ねて仕上げる伝統技法)が完了した本山

使う麻布は古い蚊帳を使います

漆の色は自由で、麻布の布目をみせる方もいますが、漆黒艶消しの布着せにしました
 漆は本来茶色ですが、この黒漆は陽にあてて水分をぬいたくろめ漆に鉄粉と松煙を混ぜてつくります
漆の中に含まれるタンニンと鉄が黒く反応した黒漆は、工房の鉄と絹との反応を利用する鉄の綿色着色と同じ自然の原理、この漆に混ぜる松煙は松を燃やして出来るカーボンのことで一千年以上退色しない歴史があります
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「木曽檜材台部の彫込み」

砥面の大きさは長さ七寸五分、巾二寸五分が伝統で寸八と寸六と呼ぶ鉋刃を研ぐのに適します
 厚みは現在55ミリ、入手時はおそらく二寸強と思われますが、よい砥石ほど瞬時に刃を合わせるので100年を越えてすり減った厚みは僅か5、6ミリです


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「さびうるし」

水がしみ込み傷みやすい台部木口をさびうるしをしみ込ませて養生します
写真は三月で退房した早川さんに手番をしてもらった時のスナップです


砥部などの地名に残る日本各地で古代から採掘されてきた砥石の中で、本山(ほんやま)は平安時代頃からもっとも品質がよいとされてきた京都梅ヶ畑産出の意、荒砥、中砥、仕上砥と区別される砥石のなかでも、このように美しく鋼と石が擦れたときに発する匂いに格調があり、刃物に吸い付いて仕上がりの素早い砥 石を使う研ぎを我々は合わせると呼ぶのでとくに合せ砥と呼ぶのですが、金属と石と工人の心が一致するところが起源かと思います

研ぐという行為は想像に満ちて楽しく、美しい砥石はこれからの仕事の良否に関わることなのですが、僕の場合過酷な制作の現場では堅牢を第一に計画します
 自然に還るさびうるしは生うるしと砥の粉を練ったもので乾燥すると石のように堅牢、常時水を使う研ぎですが、殺菌力を持つ漆と木曽檜との組み合わせで今後少なくとも100年は腐らないとの心づもりになりました



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「研ぎ場にて」
九月頃からようやく手に馴染む

この砥石が掘り出された経緯、巡った先輩に恥じない仕事と気持が新たになります


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