2008.12.16
製材_手前椅子から「 T chair 」 へ
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アルミの背の椅子_フューチャーの湾曲状に叩きだした背部と座板の結合部に支えをつけず、ステンレスの六角ボルトのみによるジョイントをスケッチしたのは極限余分を省いた構造の強度を試したかったのである。二次元同士が交わる三次元曲線上にボルトを配置すればまず抜けることはない予測だった。実現に向けてテーパー製材を頼み製材士の手を煩わせたのは第一に樹が勿体ないからだが、台車は回転しないので一枚ごとに僕がつけるスミに正確に鋸を合わせる熟練製材士のめけん(目でみて見当をつける)にすべてがかかっている。
もっとも効率主義のアメリカではコンピューター制御全自動台車回転製材機があるのかも知れないが、日本人の木目に対する美意識は独特で、立っていた樹木の天地、元と末、筍状の中杢であればその片寄りや高さ、広がりや余白と分布を大切にする。
民族のもっている伝統には美の感性にも違いがあり、挽くたびに基準面の再確認をしたい意識が働くので最新機械は意味が無いのだ。
この樹を世話して頂いた松本で歴史の長いT材木店は今秋廃業、共にこの製材所も廃業し、二本の巻き尺でミクロンを計ってしまう僕の大切な仕事仲間、三代目ガラス職人 A さんは跡継ぎが居ない


木には木ねじの原則を破り、M6長さ30ミリのステンレス金属用飾りボルトを木に埋め込むのはちょっとしたコツがいる。初めての仕事に自信を持つには数年の時間を必要とするのだが、独自のお気に入りの技法とデザインを生み出すのには、遊び心と冒険心と、熟練の仕事仲間が不可欠だった


勘で推理した通りの結果になる場合もあるが、むしろ思いもかけなかった木目が現れた瞬間のドキドキはらはらからのインスピレーションは以前の作品だったり、構想中のスケッチだったりで都市生活にはなかった僕の仕事の原点は大きな楽しみとなっている。

かって3Kなどど蔑まれ仕事仲間が居なくなってしまう原因は、採算の合わない職人技の非効率。しかし現代は樹を人の都合で切りそろえ、大量に同じようなものばかり作りだして数年で捨ててしまう。
このことは子供の教育と同じくで、僕には空恐ろく思える


一年に1mmを刻んで1cmが十年、
この木はおそらく2メートルの直径があっただろうか
軽く柔らかく木肌は小味が利いていて美しい




