2008.12.23
弟子達_早川久美子君
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早朝と夕方僕は火を焚いて食事の仕度を始めるが、薪は長年使われてきた治具や仕事の端材だったりで炎は思いで深く、それらの灰は製材した桐や山菜のアク抜きに使われる
昼食時、今日の当番が鍋に煮干しを準備してあり、夕暮れに炭の上で数分の沸騰を終える頃を見計らい鰹節を加えるのだが、鰹節削りの刃は前例のない超硬合金で拵えたので七年を経てもよく切れて若者は毎夕いい音を出すのだ。
鰹節は大漁時に薪で燻し、カビを利用して作る日本の保存食で、楢の木の薪材は信州四賀村からも産地へ運ばれている。東京日本橋付近にはいくつも店があって、にんべんには子供のころにはよく買いに行かされた。創業が1699年の老舗というから伝統食文化に敬意だが、松本にも植田という鰹節店が健在なのがうれしい。鰹節は木と同じで冬は乾燥で割れるので引き出しの中にみかんの皮を入れたりする
毎日が質素な味噌汁なのだが、季節ごとの安くて安全で香り高い野菜類の工夫や、味噌の合わせかたとすり鉢さばきから生まれる味の多様性は、外の自然の刻々の変化と同じで、賄いには工夫と創作のヒントが盛りだくさんで木工での創造力を高めている
それから薪で米を炊くが、燃料となる木の種類や火加減により画一性のない炊きあがりとなりたまに失敗して美味しいお焦げができたりする。
そのころになるとすっかり暖まった部屋が仕事を一段落する弟子達を歓迎する。年月と共に火熾しと飯炊きがうまくなるのは難しい鉋と同じで、自分が過ごした時間の覆せない知恵となっている。
ご飯が蒸れて若者たちの楽しげな会話が始まるころには僕は酒を飲んで寝てしまうのだが、久しぶりに作ったクリスマスツリーがきれいで酒が美味く少し弟子達をからかったりする

「なんのためにおまえ達は作るのだ」と、例によってやってしまったらしい。
深夜早川がこんなメールを送ってきて、大切なことを僕も忘れていたことに気づいたりする
先生
お疲れ様でございます。
家に帰り、さっそくブログを拝見し、
手前椅子のPDFを開いてみました。
秒を数えようと、時計を見ながらクリック・・・
数える間もなく一瞬で開きました。
光は早いです。
それと、また日記を書きます。
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週1回の日記を2週間もサボってしまいました。
その間考えていたこと。
「何のために作ると思う?」
先生は、お夕飯を召し上がりながら私たち弟子二人に質問されました。
頭の中でぐるぐる・・
誰かのため?
自分のため?
欲しいと思うものがあるから?
とれもしっくりきません。
しばらく何も答えられないでいると、先生は、
「木のために作るんだよ。」
あぁ!こんな大切なことを思いつかなかった自分に反省。
でも、まだまだ『木のために作れる』ようになるまでは、
修行の日々が必要で、実感がわいていないかもしれません。
そこで、自分なりに料理に置き換えて考えてみました。
ご近所から、大きな採れたての白菜を頂く。
どんな料理にすればこの白菜の美味しさを一番引き出すことができるか?
そうだ。白菜と豚肉の重ね蒸しにしよう!
誰かが喜んでくれたり、自分が美味しいと感じるのは、その結果の話し。
たぶん、そのとき私は白菜のために料理ができたのかもしれません。
先生のおっしゃる
『木を生かして僕らが生かされる』
このことを忘れずに修行していきます。
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早川へ
へえっっ 光はそんなに早いのか
自分で書いて自分が見れないなんて悲しいなあ・・・
それにしてもそんなこと言ったかなあ・・



