2008.11.06
小椋正幸_木と漆のうつわ展_伊那 小蕪亭で 2008年11月7日から
(0) (0)
「妻籠早朝・少女とトイプードル」
ときおり手が空くと妻籠を歩きたくなる
小椋正幸さんの工房と妻籠は車で5分
妻籠を歩いて、秋ならば栗きんとんをいただき、
富貴の森で温泉につかって、工房に泊めて頂く
彼とあれこれ話すのは何よりの気分転換になっている

home > blog > 前田純一 blog > 若者たち
2008.11.06
(0) (0)
「妻籠早朝・少女とトイプードル」
ときおり手が空くと妻籠を歩きたくなる
小椋正幸さんの工房と妻籠は車で5分
妻籠を歩いて、秋ならば栗きんとんをいただき、
富貴の森で温泉につかって、工房に泊めて頂く
彼とあれこれ話すのは何よりの気分転換になっている

2008.11.05
(0) (0)
松本市街地から十五キロ。標高千四百メートルの三城地区は、夏もさわやかな風が吹く。美ケ原高原直下の山腹、L字形をしたヒノキ材の建物が「三城シューレ」だ。
工房の作業台で、石川さんが板の表面にしゅっしゅっとかんなを滑らせていた。両手には、あかぎれや切り傷が幾つもある。シューレに来て真っ先にしたのが、かんな作りだった。作品に合わせて一つ一つ調整する自分専用のかんなは現在、大小十二個に増えた。
石川さんは愛知県出身。東京の大学を二年で中退した。都会生活は息苦しく、「自分は何がしたいのか」分からなくなった。一年間アルバイトした後、岐阜の飛騨国際工芸学園で二年間木工を学ぶ。インターネットで前田さんの厨子(ずし)を見て「ここだ」と思った。
弟子入りを志願して訪れた三城で、「ごみを出さない」「ものは極力買わない」シンプルな生活に出合った。食事作りは当番制。作業で出た端材を使い、炭で起こした火で飯を炊く。早朝の犬の散歩に、畑仕事。心身ともに、めきめきと元気になるのが分かった。
「テレビもない。雑音がない中で感性がどんどん研ぎ澄まされ、したいことがはっきりと見えてきた」
シューレは弟子入りの際、道具代などで三十万円ほど必要。授業料はない。主宰の前田さんは「採算は合わないが、職人を志す若い人の負担をできる限り減らしたい」と話す。
前田さんは、東京の江戸指物師の三代目に生まれ、大勢の弟子が寝食をともにする大家族の中で育った。だが、大量生産、大量消費の時代が到来し、「手仕事でこつこついいものを作っても売れなくなった」。徒弟制度は廃れ、周囲から生粋の職人が姿を消した。一度は家具メーカーに就職したが、黙って働く父親の背を見て「自分が継がなければ、この仕事も途絶えてしまう」−。三年目に退社、父親に師事した。
一九八四年、信州出身の妻と三城へ。過疎化が進む同地区に来た当初は「なんで若い人がこんな所へ、という目で見られた」。元町会長を務め、花見など町内行事で奔走してきた。
昨秋、後継育成の理念を広めたい−と工房をNPO法人化。賛同者には建築家や俳優、劇作家、医師ら約三十人が名を連ねる。弟子たちは、前田さんの作品づくりを、教わりながら手伝っている。
石川さんは四月、友人の結婚式のため初めて、贈り物のコースターを最初からすべて自分で作った。「祝う気持ちを形にしてみたらどうだ、と先生が言ってくださって」。使う人の顔を思い浮かべながら、一つ一つを手で作る。「ものづくりの心を教わりました」
師匠の机の引き出しには、百を超えるかんながある。自作のかんなは成長の証し。自分の棚もいつか、かんなでいっぱいにしたい−と石川さんは言う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2008.11.05
(0) (0)

美ヶ原高原直下の山腹にある「前田木芸工房」早川久美子さん(30)の一日は、午前七時半すぎの掃除から始まる。
作品作りの合間には犬の散歩に出掛けたり、端材で米を炊いたり。「生活と創作活動が一体化することでいい作品が生まれるんです」
今年四月、工房を主宰し家具などの調度品を手掛ける前田純一さん(60)に弟子入りしたばかりだ。いろりを据えたテーブルに、木と鉄を組み合わせたいす。
工房の至る所に前田さんや先輩作家の作品が並ぶ。「先生の作品と自然に囲まれた今の生活は、何よりもぜいたく」と満面の笑みを浮かべる。
下積み生活の今は、アルミ板をハンマーでたたいてランチョンマットにしたり、ヒノキのはしを研磨したりと地道な作業をこなす。職人の世界では「手番」という。
そんな生活の中で最近、自分で使う小型かんなの製作に取り掛かった。角張った部分を削る面取りや、細かい作業をするには欠かせない大事な道具だ。「かんなが完成したら次は自分用のいすですね。まずは自分を喜ばせるものを作らないと」と張り切る。
東京都小金井市出身。女子美大でインテリアデザインを学んだ後、二級建築士の資格を取得。都内の設計事務所に勤めた。しかし、パソコンに向かい設計図を作る日々の中で「もっと手を動かす仕事がしたい」と、母校の助手などを経て工芸家への転身を決意した。
「好きなだけ素材に触れることができる今の生活が楽しくてしょうがない。最近は特に栗材の木目や色にひかれます」と話す。重い木材を持ち運び、仕事が深夜にも及ぶ日々。女性には厳しい世界だが、「好きな仕事だから一生続けられる自信がある」。
将来は松本で工房を開くのが目標だ。「木の種は落ちる場所を選べない。それでも過酷な環境で生を全うしようとする木々から学ぶところも多い」。自分に与えられた環境で根を張るー。おっとりとした印象だが、目の前の道を焦らず一歩ずつ踏みしめている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「摺漆と刻印が済んで、出番を待つ寸四、寸六と長台」
2008.11.01
(0) (0)
家業を担う者にとって跡取りの結婚は、これから共に先輩を引き立て、家業を盛り立てる責を分かち合うの意がある
独立して違う道を歩むわけではないから花束贈呈はなしだよと、彼らの計画に一点注文を出し、異例でも僕が歌をプレゼントすると、酔った勢いで約束してしまった
松本の氏神 四柱神社、地元で歴史の長いレストラン鯛萬にお世話になり、秋晴れ快晴に恵まれた宴で弟といとこ達のサポートでオペラとロックハラードを演奏して花を添え、大勢の皆様に心のこもった協力や励ましを頂いた。
創意工夫手作りは、さまざまの方に迷惑を御願いすることになり、忘れていたフレットの勘を取り戻すのに思いのほか時間がかかったが、その日は僕たちに思い出を残し、連日芝生早朝の朝練は今も僕の心に瑞々しい
現代は金額に比例してものごとが手に入ると子供達に教え、前例がないといって芽を摘んで、未来がみえないと思いがちである
教育、医療、人生、そして結婚式も例にもれないと、僕はほんものの愛の歌をお祝いにした
