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展覧会

2009.10.29

木彩会秋展_春の銀座から秋色の南木曽へ

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「馬籠にて」

なんとなく続いている木彩会
日本で最も長い歴史・なにより会員相互が仲好しなのだが、惰性と慢心に上達と創造はありえない
2008年木曽での反省会では銀座での展示だけではなく他所での展示の可能性が話し合われ、時をこなして秋展が実現する



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「石畳」 馬籠にて


東京組が中央道岡谷を過ぎて美濃信濃へと南下しはじめるころ、僕はひとり昔の木曽路を歩いていた
R19の騒音が届かない森の旧中山道。江戸時代からずっとみてきた老樹と石畳がしんしんと過去を語っている

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「影・妻籠奥谷家にて」

文明開化とはなんだったろう、、忌まわしい戦争が終わり昭和23年、僕の生まれた年に父たちは木彩会を結成。それから日本は近代化と呼びながら経済発展へ歩み、地位や ¥ と引き替えに大切なものごとを失ってきた

きれいな空気、清浄な水、愛し合う家族師弟、そして地域の仲間、職人、素材、道具

銀座の隣、かっての地名宝町に生をうけて過ごした23年。宝ものは一体なんだったろうと僕は石畳で思いを巡らせた
しかし失われていったそれらは、漫然とでも美しく、しっかりと意識の底に刻み込まれている



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「いろり・妻籠奥谷家にて」



ご案内木彩会秋展12.jpg「少女と犬・妻籠早朝」


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「いのり・奥谷家神棚」

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小椋正幸さんは南木曽で代々続く木地師を継いでいて、僕と同様に日本の絶滅危惧職・爆
真面目、真摯、くったくのない明るさが身上。都会人が失った野趣は僕の手本となっている

僕達が積み重ねてきた数多くのかたちと技、とりかえして未来に渡したい美しいバトン

そんな思いを込めて彼の店での秋展を催します
小生は今まで展示した作品や、工房や娘が使ってきたものを出品します


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「南木曽・やまとおぐらで 父君栄一氏と歓談」

茶の北限木曽田立を楽しめるそう・・そば打ちは正幸さんの知られざる横顔です


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「 四代目・アトリエM4 」
妻籠おまたばしで

2009.10.25

「信濃の秋を愉しむしつらい」 091011~19諏訪真澄酒造にて

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三年ぶり開催の第二回お酒と暮らし展11日の座談会「信州の秋の暮らし」は和服の素敵な料理研究家・横山タカ子さんをお招きして開催
横山さんは問われている食の安全を軸に、冬へむかっての保存食や海のない信州で培われた美味しい魚の料理や器などなどをご披露、前田大作は信州のからまつ材を使った家具調度への夢と思いを語りました

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酒蔵真澄の宮坂社長の進行は故きをたずね新しきを知るの趣き

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石油文明が始まって行き場を失った炭坑の坑道用に植林されたからまつは、狂うねじれる、使い物にならない、儲からないといわれた 7、80年の時を尻目に立派に成長、まもなく美しい天然カラマツに老成します
やに処理や乾燥技術が研究されたのは地元のかたがたのこの樹への熱き思いのたまもの。うずくり仕上げのくっきりとした夏目冬目(年輪に現れる季節の成長の証し)は山岳地方特有で、気候が生み出す適度な固さが人にやさしく、使い込むほどに深みをます日本の味わいは修業時代の江戸指物に経験していて僕にとってはすでに伝統。かっては信州の民家破風や城にも使われてきています
 社会は換金価値や新規価値だけに目を向けがちですが、樹木が環境に果たしてきたさまざまな役割とともに子供の心をやさしく豊かに育ててきた生き物や美しい風景やものごとが僕達に与えてくれて定着している伝統、たとえば陽や月の光や美味しい空気や土の働きなど、すべての人にあまりにも公平な僕達が無償で享受しすぎてきた価値、感動というものの意味を未来の重要な要素として見直さなければならない時代なのです


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当日は地元はじめ関西 東京からご縁のかたがたと初秋の酒の蔵街を楽しみました
日本酒、チーズ、カラマツのカッティングボードをセットでお持ち帰りいただくお客様もいらして
僕はお過ごしになる豊かな時間に思いを巡らせて幸せになります

多くの若者たち応援ありがとう!!!

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「さまざまなかたちのカッティングボード」

何故かばかにされているニセアカシヤ材も姿をかえて喜びを発散させていました


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信州の落葉松(からまつ)は今年も葉を落とし、道を綺麗に染めながら年輪を重ねます

「 伝統とは想像力と冒険の勇気と美意識に満ちた革新の歴史 」

アトリエM4は経済産業省地域資源活用プログラムに認定されています
未来の信州からまつにどうぞご期待下さい

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「からまつの道」
0911入山辺秋色


2009.05.14

Mさんとのメール_円錐の屋根の厨子・像_いのり_2009木彩会展

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「円錐の屋根の厨子のためのスケッチ」2000年和光展

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お便り有難うございました

綺麗な写真を拝見、天気に恵まれたご様子なによりでしたね

僕達の新婚旅行先だったので懐かしく、湯布院近くの水のきれいな小川で、いちごを洗って食べたことを思い出しました

阿蘇の風景はなんとなくヴィーナスラインと似ているような気がします

そのおり馬は頂きませんでしたが、美味しい牛乳も思い出しました

いまではときどき頂くこともありますが、皆様ははじめてだったんですか?

天の岩戸は、工房近くの扉温泉と関わりがあるという言い伝えがありますが僕も訪ねてみたい気持ちになりました。渓流の自然などなど、ほんとうによい思いでとなったことと存じます


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「ゆかし・鹿の森」 2009早春庭で


厨子もキャビネットもすっかり部屋に馴染んだのではと御父君の様子をうかがい嬉しくなりました。たくさんの作品を大切にしてくださいまして心から感謝しております

今回は阿修羅をご覧になった由、仏と神についても興味一致嬉しいです

田舎では人はあの世にいくというよりも、神になって地域を守るという感覚が強かったようです。水神になったり、山の神になったり、本来は都市で盛んだった産土神(うぶすな)になったりして隣村へ悪霊を追っ払うのですが、なぜか退治はしないんだそうです


信州の祭りというと諏訪の御柱が有名ですが、入山辺でも7年ごとにミニ御柱祭があり、今年あたりは、どの樹を倒そうかなどと地域の気持ちが高まってきました

どうやら樹と神様が関係しているらしいとは感じるのですが、この祭りの意味は不明で、僕にはなんとなく宗教が政治性を帯びる以前、人為の叶わない自然に対する真摯な祈りの原点のように思えます

このごろではこのあたりでも葬祭場で葬儀をするようになりましたが、葬式と祭りは何となく同居していて、田舎で人が死ぬことにあまり哀しさを伴わないのは神様になると言う感覚なのかも知れませんね。日本人の、自然に、、という感覚も奥深い意味があるようで面白いです


僕の像の仕事は、自然に自分たちが存在することに感謝したいほどのものなのですが、像の歴史も興味深いですね

ご覧になった阿修羅像にもふれていますのでご興味をお持ちかと資料を添付しますが、何かのおり参考になさってください


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「日本人の激しさ、厳しさ」

田中英道(たなかひでみち・東北大学大学院教授)


日本人は自らの精神の激しさ、厳しさを、言葉にあらわそうとしてこなかったように思う。自ら身につけたものとして、それを言葉であらわさなくともよかったからかもしれない。優しさ、和やかさと全く正反対の性格が、持続的に刻印されてきた美術のことを、人々はさほど認識してこなかったことに驚くほかはない。

それは念怒像(ふんぬぞう)のことである。千年以上もつづく日本の仏寺を訪ねて、念怒の像の前にたたずむとき、そのことを強く感じざるをえないのだ。

私は職業柄、世界のあらゆる人間像を見続けてきたが、日本の念怒像ほど、不可思譲だと思った表現はない。それは世界の美術に全く稀な存在といってよい。その怒りは尋常なものではない。眼・口だけでなく、全身で怒り、頭髪まで逆立っているすさまじいものである。新薬師寺や興福寺東金堂の十二神将のような傑作だけではない。どこのお寺の釈迦如来(しやかによらい)像の周囲にもその激しい、厳しい像たちが立ち並んでいる。

ヨーロッパの彫刻では、怒りの像はほとんどない。善悪の二元論が明快なキリスト教美術では、怒りは当然悪の側に属しており、なかなか怒りそのものが像にあらわれにくい。悪に対するダヴィデ像にしても、聖ジョルジョ像にしても、その顔にはかならずしも、怒りはあらわさない。怒りそのものは「七つの大罪」のひとつであって、その表現は当然醜くなる。悪魔の形相になるのだ。だから十七世紀はじめに日本にやってきたイギリス人が、京都、三十三間堂の風神・雷神を見て悪魔のような醜い像だといったのも彼らの立場からすれば当然である。

いったいなぜ日本でこのような怒りの像が造られるのであろう。東洋の宗教、仏教でも儒教でもヒンズー教でも、怒りは人間の克服すべき、おぞましい行為として否定されている。しかしひとり日本ではそれが全く認められているかに見えるのだ。


念怒は四天王、十二神将、八部衆、金剛力士といった天部、明王にあらわされるが、それは中央の如来、菩薩を守護するための、仏敵調伏(ちようぶく)のためだと言われている。この起源はインドだが、ほとんどがバラモンやヒンズー教など仏教以外の宗教から取り入れた神々によるもので、その例も多くはない。それも貴人像であったり武人像だったりしてあまり目立った存在ではない。しかし日本の像は、単に敵を威嚇する守護神の表情とは異なり、ある内面性をたたえた激しい怒りとなって際立っている。これまで優美さ、おだやかさが日本の美と思われたのも、この像が全く無視されてきたことによろう。しかしこれだけの量の遺品は、日本人の生き方、さらには芸術と文化を理解する上で重要な要素と思われる。


日本の仏像の最初の時期からこの念怒の像が出現する。とはいえ怒りを意図した不動明王とか闇魔(えんま)大王といった像は九世紀以降、とくに密教や浄土教がさかんになってからである。七世紀の法隆寺金堂の山口大口費(やまぐちのおおぐちのあたえ)の四天王像にあらわれるのは、素朴だが毅然とした怒りである。八世紀のあの有名な阿修羅像(興福寺)では、その可憐な顔がひきしまり、清新な念怒像となっている。法隆寺中門の金剛力士、そして東大寺戒壇院の国中達公麻呂(くになかのむらじきみまろ)による四天王像はまさにその厳しい怒りの典型的な例だ。とくに新薬師寺の十二神将ではその激しさを体全体の動きにまで示している。それ以後、平安時代、鎌倉時代と、いたるところの仏寺に数多くつくられていく。ところが『薬師如来念諦儀軌(ねんじゆぎぎ)』などという経文には、薬師如来の蓮華台下で八万四千の脊属(けんぞく)の上首として安置する、と記されているだけで、必ずしも怒りの姿を求めていたわけではない。


三十三間堂の風神・雷神が必ずしも仏教の像とはいえないように、この念怒の中に、仏教とは別の何かがあるような気がしてならない。最も古い奈良・三輪山の神が雷神である、という説もあるように、神道と関係がありそうなのだ。怒りを発した蔵王権現も神仏習合の像、つまり垂逆(すいじやく)の像といわれる。仏が日本の神々に生まれ変わったといわれる像だ。日本の神々は暗黙のうちに偶像崇拝禁止であったために、その姿はあらわさないが、どうやら仏像に形を変えてあらわれているようなのだ。これでなぜインドや中国の仏像に念怒像が少ないか、ということが説明できるであろう。

『沙石集(させきしゅう)』という鎌倉時代の仏教説話集に、青野の蔵王権現について、仏が日本に垂述するにあたって役行者(えんのぎようじや)の言葉に従って次々に姿を変えていき、最後にこの蔵王権現の姿になったという話が述べられている。《穏かなる》本地の仏菩薩よりは、恐ろしい姿を示して《あらたな賞罰ある》垂迩の方が、日本では信仰を集めることが出来るというのだ。これとは逆に、日本でもともと山神への信仰があり、仏教の移入によって形があたえられ、仏像になった、という方が本当だろう。念怒像の元はその山神像ではないか。蔵王権現を見ているとそのような雰囲気である。

仏像は穏やかなる如来や菩薩の姿をした慈悲の像が主となる。しかしそれはこの世から超脱している存在である。一方、怒る神はこの世の存在である。念怒する蔵王権現や、風神・雷神像はみな現実の山や自然の象徴である。四天王も四つの方位を守る役割があり、十二神将は干支の十二の動物との対応をもっている。いずれも神道的な自然の神々と関係している。東大寺や興福寺と隣接して春日大社があり、春日山がある。そこではすでに山そのものが神となっているのだ。

《梵天・帝釈天・四大天王を始めたてまつり、三界(さんがい)のあらゆる天王天衆、ことに大仏・四王・八幡三所、惣じて日本国中の大小の諸神の冥罰神罰を、つぶさにまかり蒙(こうむ)るべきの状、件のごとし》。

これは鎌倉時代の起請文(きしようもん)からの引用である。起請文とは何かを誓うときに、約束を違えれば神の罰をあまんじて受けることを宣誓する文である(佐藤弘夫『神・仏・王権の中世』法蔵館、一九九八年刊より)。すべての層の日本人がこれを書いていた。その誓う神がまずこの世の守護神である梵天、帝釈天、四天王であり、次にこの世界の存在であるすべての仏像たち、とくに東大寺の大仏、その戒壇院の四天王像であり、熊野の三所権現、日本中の大小の神々である。違えればそれらすべてから厳しい罰を受けることになる、と述べている。

つまり、ここで東大寺の四天王も八幡三所という日本の神々と同列に、怒る神であり、罰する神であったのだ。あの戒壇院の四天王像の厳しい姿は、神像と同じく罰を与える形相だったのである。人々はこれらの像を見て、罰する神の叱責の声を聞いていたことがわかる。自分を見つめている神の声を絶えず聞くこと、このような厳しい精神をもっている日本人がいたことこそ、日本に見事な念怒像が存在し続けた理由なのであろう。

多くの念怒像が日本では、決して野卑な像でも、訓戒図でもない、独立した人間のすばらしき芸術像になっている。近代的な概念である芸術作品にまで昇華されているのである。念怒の像は一見、優美とか和諧(わかい)とかに相反するように見えるが、そうではないことはこの精神の存在によるからであろう。この罰を引き受けようとする精神は、日本人特有な自然と共同体の両方からの働きの精神に見える。私が古寺で感じとる念怒像の精神はまさに日本人そのものなのだ、と感じる。

みなさんも是非、古寺に行って念怒像を見て頂きたい。

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今年の木彩会には椅子二を出品する予定です

歳ですので本当は小さな厨子や像を作りいのですが、未だに椅子から手が離れません

今回木彩会に出品する椅子は、日本人が不得意とされている高さの感覚の試みなのですが、

ハイヒールは西洋で椅子に座った女性の脚が浮いてしまうことの不合理から生まれ、普段はローヒールで過ごしていたと聞いて目からうろこ・青天の霹靂、、ははあ、、と感じたことがモチーフです


なるほどオフィスチェアーやレストランの椅子と家庭の椅子の高さは違うはずだなと試作したもので小柄な方のために足かけをつけてみました。

我が家では家内の椅子と僕の椅子など座面高さをまちまちにしてあるのですが、そうすると差尺まちまちで高さ同じのテーブル上での所作が不自然?なのです・笑

事務仕事とともに食事は姿勢良くする作業なのでで、ダイニングチェアーは作業椅子と分類されますが二月に和光展へ出品したTチェアは、座骨中心点高さが33cmで、家庭でくつろぎを優先しながら何かをするといった感じがします

木彩会の会議をする外国人ライト設計の自由学園明日館の会議椅子は座高33cmの小さなもので、大柄な方でも二時間会議が不思議と疲れませんが、そのようなことから日本の椅子はまだまだ変化するだろうというのが、椅子から離れられない僕の興味なのかもしれません


DMが到着しているかと存じますが、銀座へ来場されるお時間がおありでしたらお目にかかるのを楽しみにしております


 また、今夏は松本へお出かけの計画をお考えになりませんか?

実現の折りにはどこかへご一緒するのが楽しみです



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2009.03.04

ご来場、ご高覧をありがとうございました_

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東京銀座和光並木館「時代をつなぐなかまたち」展へお出かけをまことにありがとうございました。

小規模の会場で10人ほどの作家が集まって開催するグループ展はお客様とともに作家同士の距離感が近く、作品を前にしてお互いの理解が深まります
作者の思いを間近でみたり手にとったり、井尾さんの発案で実現したこの展覧会は、分野も年齢も異なるつくり手がお客様とともに共有した時間から楽しい思い出をいただきました

多くのお客様の熱心な鑑賞と貴重なご意見、また旧友と再会や新しいご縁、そして皆様のご好意に心から感謝御礼申し上げます

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作家仲間のみなさま、和光のみなさま

大変お世話になりました
ありがとうございます







2009.02.17

搬入に向けて_「時代をつなぐなかまたち」展090219〜28

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「なにかを掴みかけた早川さん・ひょうたん焼き印」

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「時代を繋ぐ」にあたって「僕達が再認識したい日本」
がテーマとなりました

用を満たすだけではいけない、しかし必需品を作るのだよ・・に向かい、連日徹夜と夜鍋交互の若者達
おかげさまで大した怪我もなく、雪のない暖かい冬は何よりありがたい贈り物でした
やはり歳に勝てません、梱包積み込みをすっかりお任せが有り難く、小生昨晩はゆっくり休ませてもらいました。応援してくださっている皆様、会場でお目にかかるのを楽しみにしています


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「指物は箱に始まり筥に終わる、とハイス鋼の鰹節削りも・・」

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「暖房係・飛世君の頑張り!!」



アルバイト代を辞退して「最後まで手伝えなくてすみません」と応援にきてくれた深見君がたくましく成長して後輩指導、僕が修業を始めた時に父にもらった鉋を持たせた

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「工房時代の深見」





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