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春夏秋冬

2009.10.28

一枚のみずなら_初音さんの勉強机

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「磨く」


松本市城東に中野さんのお住まい和音堂が完成したのは五年前、古い町にとけ込む簡素な町屋建築は源池設計室の初めての松本でのお仕事である。
幼かった初音ちゃんは当時から伐りたてだった一枚のみずならの樹と過ごしてすっかりいいお嬢さんに成長し来春清水中学校へ入学されるが、ほんものの素材を使った建築はよい住み味が出はじめて、時を経てすっかり動きが止まったみずならは装いを新たに彼女と共に再び時を刻み始めることとなる

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「仕上がったので納めにうかがいます」と僕の仕事は一段落しますが、ほんとうは長い時間をかけて樹という素材に加工する人使う人が協力しながら 「いい味になった、いい人間味がでてきた」 などといとおしんだり愉しみながら修繕したり作り替えたりして、古びること、侘びる錆びることでものを作り上げ、そして大切にされてきたものものに人は育まれてきたのですが、これは樹に命があるとしてきた和の意識で、美しく老いるとはこのことではないでしょうか。
それを骨董のような味わい、美しく育った仕上がった、などどいいますが、それにはほんものであることが条件で歴史が刻む傷はありがたい宝物です




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「砥草」


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砥草の芯を小刀でそぎ、板やゴムやスポンジに貼ります

父の代まで工房の道具は使い古したゆかたや布巾の木綿や麻、わたいれと呼んでいた古いちゃんちゃんこの真綿や和装小物の絹糸、砥草、椋や欅の葉、カルカヤ、馬のしっぽ、松ヤニ、いぼたろう、椿や胡桃の実、米ぬか、古炭・炭灰、燃え残った和ろうそく、卵の殻、飲み終わったお茶の葉、最後は手のひら・笑、とすべて自然物
勿体ない、再利用が当たりまえで廃棄しても土に還って循環する。父は刃物に油綿など使わず髪の油をひいていました(危険ですから若輩者は真似をしてはいけません・汗)
サンドペーパーを使うことが現代の木工の基準となったのは削りとることと、磨くこと研ぐことを混同して効率を優先した文明のたどった道ですが、概して昔のもののほうが美しかったという事実はどのような理由からでしょうか

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『幸田文しつけ帖・みがくつきあい』より転載
(白川先生からいただく)

ペン.gifまず身と蓋をはなして、陰干しにし、風を通したあと、みご等で杢目なりにそっと払う。気長に何日もかけて、軽く払い払いした。かなりましな肌になる。古木綿をかたく絞って、あっさりと撫でる。かわいたままの例のくたくたわらで拭う。わらをあてると、おやと思うほど木の肌に生気がついた。これでもまだ荒れの納まりきらない部分には、むくの葉をかけて摺った。仕上げは裁縫用の象牙のへらで、うすく杢目をたてた。水を使ったのは雑巾を絞った時の一度だけ、石鹸もみがき粉も灰も一切使わなかった。桐はもの柔らかな材、この箱ほもう年寄、老いの身に水ぶっかけられたり、力ずくなことをされれば、死ぬよりはかなかろう、という。だから私は下駄の歯入れやさんにお祝儀をするようになった。父の足駄は繁柾なので、いい柾だから磨いときました、とおじさんはいう。桐との付合いは万事やわらか仕上げである。

 家具には堅い材のものもある。けやきの書きもの机、紫檀の食卓、煙草盆、桑の用箪笥など。これらとの付合いは、ただひたすら古手拭を用いていたが、将棋盤などに艶布巾を使うこともあった。艶布巾はもとパイプのブライヤみがき用とかきいたこともあるが、不確かである。生活用品にも、農具大工道具の柄によく堅木が使われていたが、私に最も面白く思われたものは鰹節飽だった。受箱は桐だが、飽は大工道具のあがりで、かしの台。このかしの木の、いつも鰹節にこすられる部分が、なんとも潤沢微妙な色合照り具合でうつくしい。切れ味がいいと鰹節のはうも、桜色で光る。これを磨くといえるかどうか。またどちらが磨き、磨かれたのか。世の中には魚油や獣油でものを磨くことはあるだろうが、飽の台木と鰹節の付合いを見たことはうれしい。
 台所には木製のものが多くて、毎度よく磨く。おはち、鍋釜のふた、米とぎ桶、手桶水桶洗桶、狙板、しやもじ、摺粉木、その他いろいろ。それに付合う道具があった。かるかや束子、踪相束子、藁束子、ささら、これらはどこの家の流しもとにも備えられており、使い分けたのである。硬軟ともに植物製だが、私が多く使ったのは藁で、わら束子は自分でこしらえた。
 紙やすり、さめ皮、とくさ、むくの菓、いぼたのろう、松やに、椿の実、ぼろ木綿、性抜けの麻布、萎え綿などを道具にして、女たちは家庭内の木との付合いを、なんとかこなしていった。
もちろん自分の手は一番の道具だったし、地から湧く水、空を吹通る風、天から来る熱などなども利用させてもらいはしたが、よくまあこんな貧弱な手立でしのげたものだと思う。いうならば当時の木との付合いは、重宝していますのお礼心を下敷にした、介抱とか介護とかいうところだったかと考える。以上はあくまで当時の家庭一般に行なわれていた、木との付合い常識である。

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091028初音ちゃんの勉強机05.jpg「ビーワックス」
蜂は樹の鑞を集めて巣を作りますので、蜂蜜を採ったあとの蜂の巣を煮て鑞をとりだしました


素木(しらき) では使いづらいという場合に樹の油を染みこませ汚れから保護しますが、いぼたろう、ビーワックスなどは虫が集めた樹の鑞分で、植物のものはなんとも気持のよいものです
健康のために、地球のためにと化学塗料は使わないとようやく意識されるようになってきましたが、樹の輝きは塗膜が光るのではなくつぎつぎと現れる木肌が発するもの、木工初心者は磨いて仕上げることと塗装することを混同しがちですが、はがれては困るお化粧と新陳代謝する素肌に例えるとわかりやすいかと思います。またこれは木工と漆工の区別結界ともいえます




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「初音さんの部屋・松本中野邸にて」
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封筒.gifミズナラの板はとても立派な仕上がりで、帰宅して見てびっくりしました。
もっと薄くなるかと覚悟していたのですが、さすが前田先生!!と、家族3人大変満足しております。
 机が広くなって、初音もたっぷりと勉強ができる・・・と思います。
本当にありがとうございました。末永く使わせていただきます。
季節の変わり目となりますので、風邪などひかぬようお体にお気をつけ下さい。
  2009.10.27 中野智史
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091028.jpg「ふきよせ」
2009年秋の庭で


2009.10.09

works_bench_憩う_1995年_樹から教わったものごと

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「車輪の付いたオーク材のベンチ・憩う」

1995年銀座和光個展「日本人の暮らしを原点に」

鎌倉明王院・横浜K邸蔵


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初めての個展の借金を返すとすぐに見えてきた変わっていない自分

樹をみていない、贅肉がとりきれずに指物にとらわれている自分がみえてスケッチしたこのベンチは思いで深い作品となっている


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板ではなくて塊の樹に対峙してみたい欲求が心に広がっていたそのころ、Mからでっかいホワイトオークがあると電話をもらった

東京の木場の製材機では刻めないというから巨大な鯨のような樹のかたまり
板にされて材木屋に並んでいる木しか知らなかった僕にとっては、未知の宇宙のような魅力で少々悩んだもののさっそく借金の手続きとなる・・・女房に頭があがらない・汗

北米から運ばれ貯木場に浮かんでいた鯨はともかく手中に収まり、僕は製材のために未明名古屋に飛んだ
神様のような存在_目通り1メートル半の鯨の製材計画はじっくりと時間をかけて僕の頭に刻み込まれていた・・
自然の反りを生かしたテーパーの厚板、曲面状ナマカネ(直角でないこと)のほぞぐみ胴付キなど〜本当に出来るのかヨ〜と悩みながらようやく仕上がった晩秋の深夜、三城の秋の庭に神様の木は姿をかえて降り立った


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「銀座和光ホール会場にて」

アウトドアーをイメージしてデザインした絹のクッション
生地を三宅一生さんの素材を織っている友人にお願いした

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美術部長の笹生さんが「憩う」と命名して下さり初日の幕が上がり会場で僕は神様をこんなへんなものにしてしまったと反省し疲れ切っていた。しかし以外にも明王院がすぐ売約下さり、なお追作の注文をいただいていたのである

この鯨には素晴らしい虎斑があったが、反面ひび割れたり虫が喰った部分もあってマグロのとろばかり触っていた僕は樹というものまるごとの生かし方を樹にとことん教わり、地球の主役は人ではないと知ることになる
最後に残った端材は小さなキッチンウエアーに姿を変え、なお残った残材は僕らに火を愉しませてくれて灰に還り日本人の「勿体ない」の意味を身を刻んで僕らに教えてくれたのだった。これは都会を離れて知ることが出来た僕の貴重な体得となっている


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「晩秋のステラ」

2009.07.10

駒ヶ根にて_木彩会総会旅行_光前寺・美酒信濃鶴

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「甘茶」090709駒ヶ根 光前寺にて
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K様


昨日今日と木彩会の仲間と駒ヶ根へ行ってきました

雨模様の光前寺がよかった

境内にある甘茶は山あじさいと似ていてなかなか見分けがつかないということでしたが、写真に撮って比べると装飾花が丸いということが判明、オリンパスパンケーキレンズ25mmの携帯性と接写性能をうれしく再認識しました。ちなみにご住職が山野草大好きで境内はヒカリゴケはじめ貴重植物がいっぱい、白い細かな穂がさわやかな「しょうま」やこれから咲く「紅、白の大文字草」などの植え込みが珍しい水石にことさらさりげなく駒ヶ岳頂上の自然とは違う魅力を発散させていて、人為作為は作り手の永遠のテーマと再認識した次第


甘茶は釈迦の誕生祝いで知られていますが、光前寺で白檀と伽羅の他に売られていためずらしい甘茶の線香はジメジメ梅雨、なんとなくペット臭が気になるこの時期にとても爽やかな香りでした。あじさいは食べると毒だそうですが、甘茶は薬で良薬口に甘しとは恐れ入ります


木彩会は総会を信州旅行を兼ねてしていますが、夜の宴会は「そば・丸富」に御願いしてあり東京組にも大好評。僕は天然わさびだけでも満足なのですが最近評判のアルプスサーモンなど地元食材を使った料理とご自慢手打ちそばはもちろん、木工集団としてはサッシやプラスチックを使わない建築に加えて飯田在住老齢木工家のインテリアの現代的素敵秀逸に感動・しかし冬はさぞかし寒いだろうなあといったご感想でした・笑

一番話題は秋に開催が決まった南木曽の小椋正幸さんのギャラリーでの展覧会。海外製安価販売などすっかり頽廃してしまった日本の木工芸への反省と発信です。僕は粋すぎた・汗、洗練への反省〜野趣がテーマとなります

それにしても信濃鶴大吟醸は美味で小生少々呑みすぎ。分け隔てなく上下を作らない木彩会ですがご多分にもれず低迷気味で作品に新鮮みがなくまるでつまらないとのたまった。これでは創立61周年が泣いていますヨ。そこで僕の提案は「賞をだしまショー・汗」 賞の名称は「なんてバカなものを作ったんで賞」・笑、これで先輩ご先祖様にもようやく頭が上がりますが審査委員長はもちろん僕です


さて、それはともかく翌日美酒蔵元を紹介してもらい駒ヶ根駅近くにある古い酒蔵を見学させていただくことになり、駒ヶ根駅近くの信濃鶴製造所はなんとも魅力的な小さな古い蔵でしたが、親子でホンモノを作っていて感動、やはり美酒はこうしたこだわりから出来るのかとみんな納得。経営は大変そうですが爽やかな顔の若五代目の説明は的を得ていて魅力的でした



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「信濃鶴五代目に日本酒の神秘を説明していただいた」
発酵温度などなど、酒造りにはとうじの勘が命というおはなし


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「駒ヶ根駅近く信濃鶴酒造」


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「大正9年建造・木造の蔵」

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現在の当主、誇らしげな酒の説明を頂いた


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「萩原真輝君」新人は鉄にも興味を持っている

0709駒ヶ根にて04.jpg「光前寺山門前で」


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「伊那七福神」光前寺境内にて

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そんなわけで夏いらっしゃる折りには駒ヶ根方面も魅力的です

駒ヶ岳は3000m級で別世界だと思いますが、しかしそうとう込みそうでロープウエイ登山は考えものかも知れません


PS

最近ようやくE3を使いこなせるようになり、なかなかお気に入りです

特にショートカットでメニューにいくことなく選べる色補正と露出補正値、登録した好みの各種設定二種の選択がとても助かります

貴君新しいPENをみせてもらうのが楽しみです


2009.06.12

いのり_梅雨の早朝コーヒー

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「朝のいのりとベートーベン・"Pastoral" 

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S様

えっっ、庭造り50年ですかア・・長寿社会といってもあと25年といえば僕はいないでしょうな、、、、

今は剪定などと道楽じみたことを言ってはおりますが、25年前ここには入る道すらなかった。庭づくりなどとシャレるよりは、修羅場の土木工事と言った方がふさわしい。子供達に引っ越すぞなどといってはみても家は移住してから建てたのです


かって囲繞地だったここに入る坂道がどうやらできたら、喉が渇きまして水道工事となりましたが、水を飲めばトイレが要りますナ、、あわてて金物屋で便器を買って庭に掘った穴に載せコンパネで囲った、、、それで娘は未だトイレ恐怖症です・汗


未だといえばにここでは汲み取りですが、近頃の農薬汚染野菜のありさまを見聞きするとかっての武蔵野のように畑に還したい、しかし近隣にはさぞ迷惑なことでしょう、、


いずれにしても今のはかない快楽は、修羅場肉体労働のご褒美とおもわれます

やはり楽しみの前には、人一倍の労苦が潜んでいる訳でした

それにしても僕が苦しみはじめたのは38歳のときですので、くれぐれも老体おいたわりください


しかしこのごろふと思うことがあります

貴兄達も建てた丸太小屋へはほとんど行かないと仰った・・

つまり僕達は結果に至る過程が面白いのかもしれません・残念がらそんなものが金になるわけありませんヨ・・お互い、カミさんには頭が上がりませんということになります


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前田様

時々赤子のオムツから臭ってくると"非難がましい顔"をする人が居ますが!そんな時お母さんに"ドンナ美人・聖人"のおなかの中には同じ匂いの物が入っているのですから心配要りませんよと言って上げるのです!
人間勝手ですから"今まで自分のおなかの中に在った物"出てしまえば赤の他人!
私は、余程の事が無い限り洗剤は使いません!タワシで落とします!バイキンはくすりで殺せるけれど!毒は体にたまると出す事が出来ない!
あの匂いは好い匂いです!特に醗酵をした奴の匂いは甘い匂いがします!
穴を掘り溜めて置いて臭う様でしたら!藁を被せて、其の上から"納豆"をミキサーにかけて2から3Lの水で薄めたのを掛けておくと臭うことが無いと思います!また納豆に、呑み残しのビールと、カップに付いたヨーグルトを水で洗って三者を混ぜるとヨリ効果が有ります!ビールの呑み残しなぞ有る訳がありませんよね!三者を混ぜるのでしたら、納豆ワンパックで10Lほど出来ると思います!
トイレに朝昼晩と蒔くと臭いも少しは減ると思います!何かの機会に遣ってみてください!時々攪拌して半年も摺れば臭いもなくなりますので充分に肥料として使えると思います!
自然を相手ですから時間が掛かります!アメリカとイギリスの名前は忘れましたが童話作家(女性)の庭なぞ!一生掛かって、其の子供達が引き継いで居る!
楽しみが在って羨ましいです!

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S様

それはもしかするとターシャおばさんですか? それにしてもビールを飲み残すわけはないでしょう、、僕が生まれ育ったのは銀座のすぐとなりで産湯は塩素消毒、トイレはすでに水洗だったのでそういったことが解らなかったんですが、これは決して豊かなどではなくて、むしろ不幸だったかもしれません


僕はなけなしの金で手に入れた丸太小屋にしばらく住みましたがトイレが終われば一風呂あびて汗を流したい

その小屋は二階建て、粗末でも戦後地域の人たちで協力して建てた立派なもので時代は共同風呂でしたから、昔よくあった木の小判型の、薪で湧かす風呂桶を手に入れ小屋の脇に据えつけ庭を切り開いて出来た薪を燃やした

一階を、賞金を稼がないので屠殺場送り寸前、ヒトに食べられてしまいそうだったサラブレッドのルークの住まいにし、彼のボロ(排泄物)が刈草やオガ粉と混じって堆肥となっている

草がルークを育て土に還って草を育てる永遠の循環だと気づいてニコニコでした



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「鉢伏へ遠征・馬たちの休息 大作とルーク達」1986年夏

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家内は裸といっても、見てるのは鹿か鳥ぐらいのもので、月夜などそれはそれは気持ちのよい露天風呂と相成りましたが、ふとみると石けん泡だらけの排水が庭をうねうねと流れていたわけですナ
すぐ下の方では清らかな水がコンコンと湧き出ている、シャンプーや合成洗剤など使えば天に向かってつばをはいているようなものです
その時以来、洗い物はやはり砂でたわしに限ると思い知ったわけですから進歩ってものを何十年も疑っているわけです

日本の近代化はさまざまものを壊した、、なかでも水洗化は家族を崩壊させたという話をきいたことがあります。うちのよめさんはそういったご実家で育ったからなんでしょう、ははあ・・頭が社会に毒されてない、、、
どちらにしても人間ってのは地球にとってはまこと迷惑千万な生物なんでしょうナ・・


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「ゆりの球根・四代目の嫁さん」090608

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「イメージスケッチ・忿怒」090223


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「工房となり、今も残る丸太小屋」
(1945年頃に建てられた小日方さん宅)

2009.05.31

御礼参り_善光寺・道具の愉しみ_鋸_木釘、ダボの切りそろえ

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「長野善光寺ご開帳」090530

いやあ奴隷船のなかは大混乱のようですね

年寄り奴隷にはハンディがなくては不公平ではないですか


こちらは週末明け方4時出発、息子にひかれご開帳最終前日の善光寺へ御礼参りをしてきました。梅雨の晴れ間の参道では、朝時からお帰りになるご上人様と近隣のかたがたとの心の琴線が実に印象的でした

この寺の魅力は信仰の自由を感じさせてくれることで宗派がなく、男女の平等と相違が男性的な西の門、女性的な東の門通りの印象に表れています

本堂脇の経蔵の内部には回転する八角形の蔵があって有名な経本が納められているそうですが、この建物の屋根のてりのかたちが制作中の厨子の屋根に似ていて襟を正しました

それにしてもこのように美しい日本の木造建築の伝統が、名のない宮大工職人に引き継がれてきた美意識によるものだということに驚きです。美の審査官は人ではなく、やはり過ごしていく時間なのですね


また隣の大勧進で分けてくれる「無量寿香」が昔から好きで求めました。この白檀香には格式高い雅味があります


参道入り口、目新しいことのない外観の御本陣藤屋ホテルは、半地下喫茶室の熟練職人の作るハムエッグトーストとコーヒの朝食が美味でファーストフード時代に新鮮、歩き疲れた後のチーズケーキもおすすめでした

それから西の門酒蔵よしのやで酒蔵自慢の酒を求め、帰りの車中は爆睡、日本酒試飲が過ぎたようでしたがこれも「ごりやく」。おすすめ「雲山」は個性的、なかなかのキレ味でいい酒と存じます まことに古きをたづねてなんとやらとなりました


弟子達へのみやげは、今回仕事をさせていただいた 横川おぎのや様の伝統釜めし、川上さんは食べ終えて、この釜でご飯を炊いてみたいなどと言っています

中央道で東京出張のときは横浜崎陽軒のシウマイを求めますが、どちらも僕達年代には安心でなつかしいものですね

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「経蔵」1759年


善光寺ご開帳01.jpg

>>>西の門、東の門あたり・善光寺.mov


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前田様

メール有難う御座います!

豆鉋を作るのに色々な道具を作らなければならないところが嬉しいです!

昔の職人さんは大変だったでしょうが楽しかったのではないでしょうか!?

仕事をすると言うことの意味を日々実践していた訳ですから!

この歳に成ってこんな楽しい時間を持つ事が出来て幸せです!!!!!


「奴隷船ガレーの漕ぎ器具」がほぼ出来上がりました!

明日、自転車のチューブを調達して取り付ければ「奴隷」の気分で大西洋をアメリカ大陸まで漕ぎ渡る事にいたします!

カヌー、エイト、ヨット等楽しんできたのですが、この十年漕いでおりません!ゆくゆくはシングルスカヤを作って楽しみたいと考えておりましたので、この際体力作りを兼ねて一歩前進するために「奴隷漕ぎ器」を作りました!

シングルスカヤは船体を私の取ったパテントの技術を使い作ってみたいと思います、オールも出来れば特許の申請をしようと考えております!通るかどうか?疑問ですが遣ってみようと思います!


此方は路地のイチゴが赤くなって参りました、近所の子供が一粒二粒しか取れないのにオジサン、イチゴ見せてと来ます!未だに自分の口に入りません


雨になったので二三日イチゴの熟しも遅れるでしょう!



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S様


さて心安まるひとときは午後からの落ち着いた手仕事にピッタリでしたが、おじいさんおばあさんが店番をしている松本中町そばの、古い小さな長谷川刃物店にはあまりみかけないおもしろい道具を置いてあります

添付写真・一昨年みつけたこの鋸は、右側のアサリをつけない刃渡り13cmほどで、木釘の頭切りやダボ埋め作業にかかせません

静かな雨の午後、この鋸で一瞬にスパっとやると、梅雨のモヤモヤなども晴れ晴れしく吹き飛びます。普通の鋸では身を痛めてしまうのですが、たしか4、5千円のもので僕らにはなんとも安い愛用品となります


お気に入り道具をひとつひとつ揃えて段取りを組み、みごとに花開いた時の感動は儲からない職人ならではの一番の喜びですナ

作業にかかる前には、ろうそくを挽いて鋸目のなかの切りくずがボンドで固まってしまわないよう、気をつけるのがコツで、仕事が終わったら目をよく洗って油(金属には僕はCRCを染みこませた油綿を使います)をひいておきます



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「窓・梅雨の晴れ間の夕餉」090530

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