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春夏秋冬

2010.08.28

瀬戸内国際芸術祭2010_男木島にて

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「6月23日 現地検証・男木島豊玉姫神社にて」

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今年二月鎌倉の絵本作家、長野ヒデ子さんから瀬戸内国際芸術祭への手伝いの打診をいただいていた。FRPに替わり、島に捨てられた木造船の舟板を使う椅子の制作である。
「海の復権」とタイトルしたこの祭りの趣旨は、瀬戸内海の7つの島を舞台として17の国からの参加アーティスト・プロジェクト数75を数える大がかりな現代社会へのレジスタンスである。
高松の建築家、渡辺昭さんが代表して審査をくぐりぬけた「島こころ椅子」と名付けたプロジェクトのメンバーは伊藤洋さんを除いて全員元気な六十、七十才代、男木島の急峻なほそい坂道を登り詰めたところにある安産の神様、豊玉姫神社がステージとなっている。テーマは地球、失われていく家族・ともだち・地域、そして椅子で、皆手弁当労働奉仕だがスイッチを入れれば世界中誰でもが同じものが作れる現代、ほかに作れる人が見あたらないと請われるのは生きている張り合いである。壊れていく環境、仕事、地域家族は僕の人生テーマと一致しているので興味深くお手伝いをさせて頂くことになった

元来アートとは、大勢が会議を重ねて作るものではないと僕は思っていて、上下関係のないプロジェクトは分業で人間関係は難しく煩わしい。しかし過疎の三城に通じる瀬戸内の離島へ脚を運ぶうち、プロジェクトメンバーの考えのくい違いは結局あたたかないたわりに戻りそれぞれに人生の楽しさと奥深さを考えるよい機会をいただくことになった。島を巡り70才、80才でまだまだ元気で働いていらっしゃる男木島のお年寄りや、テントやあばらや暮らしを楽しみながらそれぞれの思いを世界へ発信したいとエネルギーを注いでいる都会のお嬢さんや、キャンピングカー暮らしをして作品作りをしている湘南の若者の姿に接して感動している。
離島、経済発展に取り残された過疎地とかたづけるのは簡単である。しかし僕達の作るものが勝っているという確信はなく、島に刻み込まれた過去には現代には生まれない美しいものものが点在している。

近代が解決した貧困や不便と引き替えに失ってしまった大切なものやこころ。 発展とは?  ボランティアとは? 意義のある歴史とは?
学生、職人、学者、退職者などで構成された小エビ隊に支えられて準備が進むにつれ、お祭り騒ぎは影をひそめて核心に近づき、自然と人間と環境への問いかけを伴って普段の作品作りとは違った貴重な体験となっている





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舟板と流木のとおさん かあさんいす(車の着いた錆鉄のフレーム)




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男木島「島こころ椅子」プロジェクト制作関係者

伊藤洋        (家具作家)
鎌田豊成  (造形アーティスト)
内藤三重子 (造形アーティスト・エッセイスト)
長野ヒデ子 (絵本作家)
前田純一  (工芸家)
渡辺 昭    (建築家)
(50音順)
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(地元制作関係者)
来春卒業する最後の男木中学校生徒3人
男木島に住まう方々
子えび隊(地元ボランティア)
友人達

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「痕跡・男木島に暮らした人びと」

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2009.12.29

師走印象_松本 三城 入山辺_事始めから年越しへ

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2009年
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「しめなわ教室」2009年12月事始め・旧山辺学校にて

里山辺の旧山辺学校は開智学校とともに地元上金井出身の佐々木喜重(きじゅう)棟梁による明治時代の興味深い和洋混淆建築。当時の山辺の人びとの子供の未来を願う寄付や労働奉仕によって完成したそうです
昔の教室は畳敷き、ここで毎年地元長老と市の公民館のかたがたが、竹馬、竹とんぼ、わら細工、しめなわ作りを伝えています。木工とは違うコツがいるもので僕は四苦八苦、教えるつもりが子供に教わってしまいました。老いて子に従うです。





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「朝倉さん」
伝統左官職人は80過ぎて現役
畑で蕎麦をつくり、蕎麦打ち大会、盆栽愛好会などなどボランティア大好き
入山辺お年寄りは元気です


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春のようなポカポカ陽気、工房では今年二回目の餅つきを楽しみました


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「初めての餅つき」2009年12月26日
川上三恵子さんは国立千葉大大学院を出て木工修業
なにごとにも積極的で素直なお嬢さん・頼りになる花嫁になることでしょう




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「四代目夫婦」
おなかに子供がいるのでまわりハラハラ・・・・さすが息が合ってきました



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途中杵の柄が折れる予期せぬ出来事、修理中に餅が固くなり始め、懸命ののし作業です

夕刻どうやら一段落、へったお腹に染みわたったのは愛
大事そうにそれぞれお土産にして家族のもとへ帰りました


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庄内の伊勢の園本店では丸山さんの思いが叶い看板と焙じ茶製造室を新設。山の辺建築設計事務所の宮坂直志さん、前田大作が知恵を出し合い新年に向けてお店作りが一段落しました
表札、看板、扁額すべてをサインとひとくくりに定義してばけばしい広告が乱立する時代ですが、照明付欅一枚板と銅板緑青仕上げ縁取りの商標は新鮮な日本の伝統、僕達に街の美感を考えるよい機会をいただきました




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「丸山英二郎さん」 伊勢の園店先の焙じ室にて

二種の茶を絶妙にまぜる独自の味は長年のご苦心のたまもの
一煎目の味わい、二煎めの風雅な香りが伊勢の園特製焙じ茶の特徴
普通使われない高級な葉を使わせていただくお陰とおっしゃっていました
あたらしい焙じ室で初めて出来た茶をいただき光栄です


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「庭_師走情景」

嫁もすっかり山暮らしに馴染んでくれ、しめなわも晴れて完成



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「おせちとミシンとミシンチェアー」
僕ら夫婦年長組は煮豆繕い物などなど、室内でもたもた、、
あたたかな山の暮らし・普遍不滅な樹のエネルギーを実感しています

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2009クリスマス.jpg「工房クリスマスパーティー」

早川の退院祝いを兼ねて思い思いのプレゼント
方々からお歳暮などなどをありがたく頂戴しました


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「新しい仲間」
工房生活二年目早川はとうとう子犬を飼ってしまった
かわいい女の子をNIKEと命名、フィアンセと可愛がっています

nike20091.jpg「階段をのぼれないNike_091223」

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「フューチャーとステラ_」
先輩dogsはいつものとおりだらけております


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「浜 克也君」

今年春から工房で修行中、気配りのきく浜君は青山学院大学法学部卒

すっかり逞しい山の好青年になって木工に励んでいます



OL270147.jpgおせちも、しめなわも餅も街で売っている
それでも節句、祭り、祝い、記念日、祓い、おくりなどなど、日本の年中行事という普段とは違う大切な仕事を通じながら、土から生まれる命を感じあい、自然への感謝と皆で作る喜びを分かち合った年の瀬となりました
明日は仕事納め、弟子たちは手作りの野沢菜とのしもちを土産に家族のもとへ里帰り、、、
誰に怪我もなく、今年も静かに美しく暮れていきます。心から感謝です







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2009.12.12

納品日_撮影を終え横浜T邸へ

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「作品撮影・1200φのサークルテーブル」 栗材鉋目仕上


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T様
四代目結婚式にいただいたご注文が皆の心に残っています
今日は初雪、よい栗材が手に入り息子らしいテイストで完成しました





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建築材の余りで作った原型から25年
新しくテーブルトップ下に鍛造アルミの棚が加わりました
お陰様で僕は口も手も出さず、よい作品に完成したようです
家族でつくる幸せなドラマのお手伝いが出来ることを祈りながら納入させていただきます




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「Tご夫妻」2009春銀座で

中央道、16号とも順調だったようで、
先ほど到着されました。
今、既存のテーブルを搬出していただいてます。
ワクワクしています。
まだ新しいテーブル搬入されておりませんが、
Diveとの相性がとても良さそうなこと間違いなしです。

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T様

作り手にとって初めての作品は思いで深く、お買いあげいただいた喜びは生涯忘れられない財産となりますが師にとっても同じくです。こんごともどうぞよろしくご指導下さい

THANX !!!


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2009.10.28

一枚のみずなら_初音さんの勉強机

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「磨く」


松本市城東に中野さんのお住まい和音堂が完成したのは五年前、古い町にとけ込む簡素な町屋建築は源池設計室の初めての松本でのお仕事である。
幼かった初音ちゃんは当時から伐りたてだった一枚のみずならの樹と過ごしてすっかりいいお嬢さんに成長し来春清水中学校へ入学されるが、ほんものの素材を使った建築はよい住み味が出はじめて、時を経てすっかり動きが止まったみずならは装いを新たに彼女と共に再び時を刻み始めることとなる

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「仕上がったので納めにうかがいます」と僕の仕事は一段落しますが、ほんとうは長い時間をかけて樹という素材に加工する人使う人が協力しながら 「いい味になった、いい人間味がでてきた」 などといとおしんだり愉しみながら修繕したり作り替えたりして、古びること、侘びる錆びることでものを作り上げ、そして大切にされてきたものものに人は育まれてきたのですが、これは樹に命があるとしてきた和の意識で、美しく老いるとはこのことではないでしょうか。
それを骨董のような味わい、美しく育った仕上がった、などどいいますが、それにはほんものであることが条件で歴史が刻む傷はありがたい宝物です




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「砥草」


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砥草の芯を小刀でそぎ、板やゴムやスポンジに貼ります

父の代まで工房の道具は使い古したゆかたや布巾の木綿や麻、わたいれと呼んでいた古いちゃんちゃんこの真綿や和装小物の絹糸、砥草、椋や欅の葉、カルカヤ、馬のしっぽ、松ヤニ、いぼたろう、椿や胡桃の実、米ぬか、古炭・炭灰、燃え残った和ろうそく、卵の殻、飲み終わったお茶の葉、最後は手のひら・笑、とすべて自然物
勿体ない、再利用が当たりまえで廃棄しても土に還って循環する。父は刃物に油綿など使わず髪の油をひいていました(危険ですから若輩者は真似をしてはいけません・汗)
サンドペーパーを使うことが現代の木工の基準となったのは削りとることと、磨くこと研ぐことを混同して効率を優先した文明のたどった道ですが、概して昔のもののほうが美しかったという事実はどのような理由からでしょうか

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『幸田文しつけ帖・みがくつきあい』より転載
(白川先生からいただく)

ペン.gifまず身と蓋をはなして、陰干しにし、風を通したあと、みご等で杢目なりにそっと払う。気長に何日もかけて、軽く払い払いした。かなりましな肌になる。古木綿をかたく絞って、あっさりと撫でる。かわいたままの例のくたくたわらで拭う。わらをあてると、おやと思うほど木の肌に生気がついた。これでもまだ荒れの納まりきらない部分には、むくの葉をかけて摺った。仕上げは裁縫用の象牙のへらで、うすく杢目をたてた。水を使ったのは雑巾を絞った時の一度だけ、石鹸もみがき粉も灰も一切使わなかった。桐はもの柔らかな材、この箱ほもう年寄、老いの身に水ぶっかけられたり、力ずくなことをされれば、死ぬよりはかなかろう、という。だから私は下駄の歯入れやさんにお祝儀をするようになった。父の足駄は繁柾なので、いい柾だから磨いときました、とおじさんはいう。桐との付合いは万事やわらか仕上げである。

 家具には堅い材のものもある。けやきの書きもの机、紫檀の食卓、煙草盆、桑の用箪笥など。これらとの付合いは、ただひたすら古手拭を用いていたが、将棋盤などに艶布巾を使うこともあった。艶布巾はもとパイプのブライヤみがき用とかきいたこともあるが、不確かである。生活用品にも、農具大工道具の柄によく堅木が使われていたが、私に最も面白く思われたものは鰹節飽だった。受箱は桐だが、飽は大工道具のあがりで、かしの台。このかしの木の、いつも鰹節にこすられる部分が、なんとも潤沢微妙な色合照り具合でうつくしい。切れ味がいいと鰹節のはうも、桜色で光る。これを磨くといえるかどうか。またどちらが磨き、磨かれたのか。世の中には魚油や獣油でものを磨くことはあるだろうが、飽の台木と鰹節の付合いを見たことはうれしい。
 台所には木製のものが多くて、毎度よく磨く。おはち、鍋釜のふた、米とぎ桶、手桶水桶洗桶、狙板、しやもじ、摺粉木、その他いろいろ。それに付合う道具があった。かるかや束子、踪相束子、藁束子、ささら、これらはどこの家の流しもとにも備えられており、使い分けたのである。硬軟ともに植物製だが、私が多く使ったのは藁で、わら束子は自分でこしらえた。
 紙やすり、さめ皮、とくさ、むくの菓、いぼたのろう、松やに、椿の実、ぼろ木綿、性抜けの麻布、萎え綿などを道具にして、女たちは家庭内の木との付合いを、なんとかこなしていった。
もちろん自分の手は一番の道具だったし、地から湧く水、空を吹通る風、天から来る熱などなども利用させてもらいはしたが、よくまあこんな貧弱な手立でしのげたものだと思う。いうならば当時の木との付合いは、重宝していますのお礼心を下敷にした、介抱とか介護とかいうところだったかと考える。以上はあくまで当時の家庭一般に行なわれていた、木との付合い常識である。

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091028初音ちゃんの勉強机05.jpg「ビーワックス」
蜂は樹の鑞を集めて巣を作りますので、蜂蜜を採ったあとの蜂の巣を煮て鑞をとりだしました


素木(しらき) では使いづらいという場合に樹の油を染みこませ汚れから保護しますが、いぼたろう、ビーワックスなどは虫が集めた樹の鑞分で、植物のものはなんとも気持のよいものです
健康のために、地球のためにと化学塗料は使わないとようやく意識されるようになってきましたが、樹の輝きは塗膜が光るのではなくつぎつぎと現れる木肌が発するもの、木工初心者は磨いて仕上げることと塗装することを混同しがちですが、はがれては困るお化粧と新陳代謝する素肌に例えるとわかりやすいかと思います。またこれは木工と漆工の区別結界ともいえます




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「初音さんの部屋・松本中野邸にて」
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封筒.gifミズナラの板はとても立派な仕上がりで、帰宅して見てびっくりしました。
もっと薄くなるかと覚悟していたのですが、さすが前田先生!!と、家族3人大変満足しております。
 机が広くなって、初音もたっぷりと勉強ができる・・・と思います。
本当にありがとうございました。末永く使わせていただきます。
季節の変わり目となりますので、風邪などひかぬようお体にお気をつけ下さい。
  2009.10.27 中野智史
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091028.jpg「ふきよせ」
2009年秋の庭で


2009.10.09

works_bench_憩う_1995年_樹から教わったものごと

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「車輪の付いたオーク材のベンチ・憩う」

1995年銀座和光個展「日本人の暮らしを原点に」

鎌倉明王院・横浜K邸蔵


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初めての個展の借金を返すとすぐに見えてきた変わっていない自分

樹をみていない、贅肉がとりきれずに指物にとらわれている自分がみえてスケッチしたこのベンチは思いで深い作品となっている


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板ではなくて塊の樹に対峙してみたい欲求が心に広がっていたそのころ、Mからでっかいホワイトオークがあると電話をもらった

東京の木場の製材機では刻めないというから巨大な鯨のような樹のかたまり
板にされて材木屋に並んでいる木しか知らなかった僕にとっては、未知の宇宙のような魅力で少々悩んだもののさっそく借金の手続きとなる・・・女房に頭があがらない・汗

北米から運ばれ貯木場に浮かんでいた鯨はともかく手中に収まり、僕は製材のために未明名古屋に飛んだ
神様のような存在_目通り1メートル半の鯨の製材計画はじっくりと時間をかけて僕の頭に刻み込まれていた・・
自然の反りを生かしたテーパーの厚板、曲面状ナマカネ(直角でないこと)のほぞぐみ胴付キなど〜本当に出来るのかヨ〜と悩みながらようやく仕上がった晩秋の深夜、三城の秋の庭に神様の木は姿をかえて降り立った


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「銀座和光ホール会場にて」

アウトドアーをイメージしてデザインした絹のクッション
生地を三宅一生さんの素材を織っている友人にお願いした

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美術部長の笹生さんが「憩う」と命名して下さり初日の幕が上がり会場で僕は神様をこんなへんなものにしてしまったと反省し疲れ切っていた。しかし以外にも明王院がすぐ売約下さり、なお追作の注文をいただいていたのである

この鯨には素晴らしい虎斑があったが、反面ひび割れたり虫が喰った部分もあってマグロのとろばかり触っていた僕は樹というものまるごとの生かし方を樹にとことん教わり、地球の主役は人ではないと知ることになる
最後に残った端材は小さなキッチンウエアーに姿を変え、なお残った残材は僕らに火を愉しませてくれて灰に還り日本人の「勿体ない」の意味を身を刻んで僕らに教えてくれたのだった。これは都会を離れて知ることが出来た僕の貴重な体得となっている


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「晩秋のステラ」

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