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前田純一 blog

2009.10.09

works_bench_憩う_1995年_樹から教わったものごと

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「車輪の付いたオーク材のベンチ・憩う」

1995年銀座和光個展「日本人の暮らしを原点に」

鎌倉明王院・横浜K邸蔵


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初めての個展の借金を返すとすぐに見えてきた変わっていない自分

樹をみていない、贅肉がとりきれずに指物にとらわれている自分がみえてスケッチしたこのベンチは思いで深い作品となっている


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板ではなくて塊の樹に対峙してみたい欲求が心に広がっていたそのころ、Mからでっかいホワイトオークがあると電話をもらった

東京の木場の製材機では刻めないというから巨大な鯨のような樹のかたまり
板にされて材木屋に並んでいる木しか知らなかった僕にとっては、未知の宇宙のような魅力で少々悩んだもののさっそく借金の手続きとなる・・・女房に頭があがらない・汗

北米から運ばれ貯木場に浮かんでいた鯨はともかく手中に収まり、僕は製材のために未明名古屋に飛んだ
神様のような存在_目通り1メートル半の鯨の製材計画はじっくりと時間をかけて僕の頭に刻み込まれていた・・
自然の反りを生かしたテーパーの厚板、曲面状ナマカネ(直角でないこと)のほぞぐみ胴付キなど〜本当に出来るのかヨ〜と悩みながらようやく仕上がった晩秋の深夜、三城の秋の庭に神様の木は姿をかえて降り立った


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「銀座和光ホール会場にて」

アウトドアーをイメージしてデザインした絹のクッション
生地を三宅一生さんの素材を織っている友人にお願いした

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美術部長の笹生さんが「憩う」と命名して下さり初日の幕が上がり会場で僕は神様をこんなへんなものにしてしまったと反省し疲れ切っていた。しかし以外にも明王院がすぐ売約下さり、なお追作の注文をいただいていたのである

この鯨には素晴らしい虎斑があったが、反面ひび割れたり虫が喰った部分もあってマグロのとろばかり触っていた僕は樹というものまるごとの生かし方を樹にとことん教わり、地球の主役は人ではないと知ることになる
最後に残った端材は小さなキッチンウエアーに姿を変え、なお残った残材は僕らに火を愉しませてくれて灰に還り日本人の「勿体ない」の意味を身を刻んで僕らに教えてくれたのだった。これは都会を離れて知ることが出来た僕の貴重な体得となっている


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「晩秋のステラ」

2009.10.08

時を刻むベンチとブックスタンド_2005年

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「時を刻むベンチ」

2007年松本井上デパート「祈りのしつらいと日々のくらし」展会場にて


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2005年に三台制作した読み聞かせのブックスタンドと合わせた子供と座る小さなベンチです

大きく曲げて制作した背木部の目切れによる弱点を、鉄のフレームの背取り付け部で補強した独特の構造は手の削り跡を生かした自然木の魅力を引き出す結果となりました



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「キャスターのついたブックスタンド」

本の角度調整のために鉄のロッドと組み合わせた真鍮削りだしの金物は工具のトースカンからヒントを得て自製したものです
回転部のぎざぎざ(ローレット)加工には「筋やすり」を使います


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2006年・東京T邸にて




2009.10.07

床暮らしのこころみ・1986年

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「みなとみらい床暮らし」


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「床暮らしのためのしつらい」1990年

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日本人は床に寝ころぶのが好き、、それも雑魚寝

親も子も年寄りも赤子も先生も弟子も友達やご近所も人も犬も、といった生活の中に他者や神・自然への尊重を培ってきた僕達が、貧しさに向かっていた文明の発達や経済成長を優先し、人のためにあると勘違いして地球を汚してしてきたので、人の基本、家族・友人・地域が崩壊し・・国も崩壊しそう・汗


1986年に製作した工房居間のしつらいは隅切L字形。座板のないベンチといったらいいでしょうか・・
鉄の支柱を床に立ち上げて栗材の背もたれをネジでとめて座布団状のクッションを敷きます
脇息(江戸室町から昭和初期まで使われていた)をみたてたアームは寝ころぶと枕になる設計です
、、できればこたつにして皆でわいわい信州の冬を愉しむ、がいいかも、、笑



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三城へ移住した1984年当時娘は11才息子は9才、この居間で子供たちは大人になり、同時に大切な家族_アール、ジョイ、ウイリーたちや松本での新しい友達と過ごした時間を心に刻みました

そして三城での新しい空間は以後十数年、日本の伝統を見据えた僕の発想の場となり、火のある生活など「和の調度・日本のこころ」のテーマにつながっています


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この家具は2000年の娘の結婚のおりに彼等の新生活の家具に作り替えることに、、

その経験からそれまでの常識、ほぞを組むことに加えて仕上げ直しやリユースしやすい鉄に木をネジ止めする分解出来る構造から指物の定義に縛られない勇気が僕に芽生え、しつらいに組み合わせた栃の楕円テーブルはトップに穴や溝を加工することなくA4サイズの直方体の脚部に載せるだけのシンプルな構造になり、縦横に置き変えることで高さを24cmと30cmに使い分ける発想は季節やシチュエーションに合わせてしつらいを変える日本の伝統空間を示唆することになりました。
三城に来てから本格的に制作するようになった家族の過ごす居住空間は、同時に環境が人の内面に与える影響の大きさを再認識することとなっています



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ロハスで豊かな和の生活のヒントとなった床暮らしは横浜に居場所を移し、三城で暮らした犬達がつけた美しい傷跡ととともに、娘達と unico が23年の歴史を未来へつなげています





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2009.10.07

works_ta_din_東京O記念館_1989年

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「東京 O記念館のテーブルと椅子」 
1989年銀座和光個展 「暮らしからの発想」出品作品



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日本工芸会の正会員に認定後 生活に密着した椅子を指物師も作りたいと暖めていた構想のテーブルセットは西洋の椅子を基本モチーフに製作したものです

すべり桟ほぞ組ジョイントの脚部と座板、貫類を楔ほぞで構成した伝統構造、座板はクッションを使わずに栗のむく板を人の体に合わせて滑らかな曲面に彫り込みました


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当時は色鉛筆で方眼紙に図面を描いていました



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「貫類楔ほぞ部分仮組状態」

この後楔を打ち込みます


前田純一作品_1989和光展07.jpg「背板と座板の彫り込み工程」

電気プレーナーの下端面を四方反りに改造して荒取りした後、小鉋でディテールを仕上げます

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前田純一作品_1989和光展05.jpg  和光展覧会場にて

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以後同じ構成で製作したアームチェアー・神奈川S邸にて

2009.10.04

作品集_2 欅材厨子「斑鳩」

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「欅材厨子・斑鳩」 2009年製作

高さ25cm 大阪T邸
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