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前田純一 blog

2011.10.25

星のスツール_銀座和光_2011親子展に向けて

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大好きなお母さんが料理をしているのをみたくても背が届かない孫の様子をみていてスケッチした踏み台がきっかけとなり作った10個のスツール・・
 味わい深い槐(えんじゅ)という木は、中国では庭に植えて悪霊を追っ払う習慣があり、日本では延寿ともじって無病息災を祈りました
 強靱なので昔は木造船の甲板に使われた長い間に味わいを増すチーク、軽くて軟らかくてまだ何にも染まっていない真っ白な栃の木などなど、さまざまな樹木の個性とさまざまな大きさと高さです
 


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アフリカの象のように脚をふんばり、子供が上に立ってもひっくり返らないバランスは少々無骨なのですが、手荒に扱って傷がついてもびくともしない素朴で力強い美しいいのちを表現したくて刃物痕を生かしたプリミティブな印象に仕上げました

 今回のテーマとなった輝く星を象嵌したのは、大勢のさまざまな子供たちの個性がそれぞれに美しく輝いて、今は漆黒のようにみえるとしても、これからの地球と自分たちの未来を明るく照らしながら歩いてくれるようにとの僕の願いです
 和光の親子展で会場の中央に配置して欲しいとお願いしました


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2011.10.22

ちこの片アーム_銀座和光_2011親子展に向けて

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子供の椅子はちっちゃくてかわいくて木馬のようなきりんのような、、、そんな思いこみで孫の椅子のスケッチをはじめたのですが、片アームに座り足をぶらぶらしたり、なでたり引きずって遊ぶちこの様子を見ていてなんとなく違うなあ、、と作ったのは、結局古くからある僕のものとお揃いの椅子でした。子供の気持ちは大人の思惑とはずいぶんちがうものなのかもしれません

 

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もともと少々大きめがサイズダウンして標準サイズになったといえますが、素材は同じオールドオークの無垢の一枚板、脚端の渦巻きを星に変えて、背もたれに星をつけました
子供のときの思い出になるだけではなく、彼女が過ごすこれからの時間をおばあさんになるまでこの椅子に刻みこんで歩いていく、というのもひとつの幸せかも知れないと思います。この椅子も二つ作り和光の親子展に出品することになっています



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2011.10.21

いのり_銀座和光_2011親子展に向けて

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僕は昭和二桁東京生まれで関東大震災の様子は父母の話と写真から想像してきただけなのですが、食糧も住まうところもゼロになったそのときから、みなで力を合わせて築いてきた東京の変貌ぶりをまのあたりにして育ちました
 僕の家は代々厨子や仏壇制作を得意としてきましたので立派な作品を作る自信を多少はもっているのですが、3.11以来少々考えが変わりました。死者の冥福とか、ご先祖様はもちろんなのですが、昔の日本の家庭にあたりまえにあった八百万のかみさまのようなもの、人の力を超えたなにかを感じさせるこわいものなのになぜかかわいいもの、理屈のわからない子供が、お化けのようにおおきくて決して逆らえないものがあることがあたりまえと思えるような、(怒られるかも知れませんが)楽しくてインテリアアクセサリーとでもいいえるもの、昔どのいえにもあった神棚や張り紙、それがあることがきっかけとなり、ひなまつりや記念日のような暮らしの年中行事になり個を離れて皆で楽しむものごと、そのようななにかが、なにもなかった時代からほとんどのものが揃った現代の家の中にあってほしいと思ったのです
 今回の親子展にはそんな思いから生まれたいのりのかたちを出品するつもりです


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「龕・かん厨子」
高さ30cm・壁に入る奥行8cm
2011年制作

鎌倉では百八やぐらが有名なように祈りの原点は断崖や洞窟に彫ったと本で読んだことがありますが、日本でも全国にそのようなさまざまないのりのかたちが存在しています
しかし西洋建築でニッチといわれる建築内部の壁を彫り込んだ飾る空間が、日本の家屋内で発達しなかったのは我が国の木造真壁構造が原因でしょうか
 そんなことから現代の大壁構造の家やマンションならば、壁の中に本体をいれこむ厨子や仏壇があるのではないかなと試みた作品です
 ファサードは数十年の時間を経て輝き出す桑材、日本古来から続いている梁の軸吊り両開きドアに自製銀のつまみ、電気のない時代にろうそくの明かりを反射して内部を明るくする金沢の金箔、これら日本の伝統様式を生かし、前面下にちいさな明かりや、かわいい野の花を飾る棚をつけました。

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「星の厨子」
高さ18cm

桑材欅材の小さな厨子です

だれもがあたりまえだと思いいままで見直すことのなかった清澄な水と空気
生命に関わりの深い澄んだ青空と静寂と夜空の星
それらの永遠を願って子供がお守りにするようなちいさな祈りです
中に入れるものは長年時を共にしたペットの思い出なのかもしれません


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2011.10.21

ちこのファーストダイニング_銀座和光_2011親子展に向けて

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そろそろ必要になるだろうと、僕は昨秋から孫のダイニング椅子のスケッチと試作をはじめていました

 新年になって急に砥石の仕立て直しの必要が出来ましたが3月はじめどうやら完成し、この椅子の二度目の試作、予想外に難しい微妙にカーブするフレームの鍛造に一週間ほど四苦八苦しながら僕は3.11のニュースを聞き、その夜澄んだ三城の夜空を見上げながらこの椅子の高さ調整のネジを星にしようと心にきめました

効率と経済を優先してきた僕達が、子供たちから奪い取ってきてしまった美しい星と地球の復活を、澄んだ子供の目をヒントに夜空に輝く星のねじと象嵌のかざりにして願うことにしたのです

ちこの椅子はひとつ余分に作って星のねじの子供椅子とネーミングし和光展2011に出品しますが、孫のクレヨンがついた思いで深いこの椅子は銀座四丁目和光本館のショーウインドに飾られることになっています


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「型紙のぬり絵」


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2011年銀座和光展
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2011.10.18

本山合せ砥の仕立て直し(3)_蓋

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一木彫込み作り台部にたいして、蓋は指物です


無駄がなく華奢で堅牢を特徴とする江戸指物ですが、国産檜材を空木(殺菌力のあるくろもじの木釘)で組み、摺漆で仕上げると長年の研ぎ場での過酷な使用に見事に耐えてくれるのです
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胴張りに作る木釘と下穴の関係は重要で、四つ目錐(断面が四角形のキリ)で下穴を作ります。江戸にはそれに欠かせない「あらい」という美しい錐作りの名人が昭和後期までいたのですがすでに手に入らないので現在は2、3ミリのドリル刃をダイアモンドグラインダーで研磨し、電気ドリルにつけて穴をあけます。安価で早くて便利ですがなんとも味気なくなったもんです・笑
 いずれにしても木釘を玄翁で打ち込むかねあいを音で判断する勘仕事で、弱いと隙間があき、度を越すと木が割れてしまう年季のいるシンプルな技法ですが、クランプ類を使わず、場所をとらず、はみでた糊の始末のしやすさなど、日本の伝統仕事は大変合理的です

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画鋲.jpg以前の失敗などから寝床の中で考えついた道具が思惑通りに機能したときはまったく楽しく、自分なりの道具をつくることが自分ならではのこれからの作品制作につながっていきます

以下は高村光太郎の書かれた文です
【注】高村光太郎全集第五巻より転載させていただきました


「小刀の味」
高村光太郎全集第五巻より

飛行家が飛行機を愛し、機械工が機械を愛撫するように、技術家は何によらず自分の使用する道具を酷愛するようになる。われわれ彫刻家が木彫の道具、殊に小刀(こがたな)を大切にし、まるで生き物のように此を愛惜する様は人の想像以上であるかも知れない。幾十本の小刀を所持していても、その一本一本の癖や調子や能力を事こまかに心得て居り、それが今現にどうなっているかをいつでも心に思い浮べる事が出来、為事(しごと)する時に当っては、殆ど本能的に必要に応じてその中の一本を選びとる。前に並べた小刀の中から或る一本を選ぶにしても、大抵は眼で見るよりも先に指さきがその小刀の柄に触れてそれを探りあてる。小刀の長さ、太さ、円さ、重さ、つまり手触りで自然とわかる。ピヤニストの指がまるでひとりでのように鍵(けん)をたたくのに似ている。桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀を一本ずつ叮嚀(ていねい)に、洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、かすかに錆(さび)どめの沈丁油の匂をかぐ時は甚だ快い。
 わたくしの子供の頃には小刀打の名工が二人ばかり居て彫刻家仲間に珍重されていた。切出(きりだし)の信親(のぶちか)。丸刀(がんとう)の丸山(まるやま)。切出というのは鉛筆削りなどに使う、斜に刃のついている形の小刀であり、丸刀というのは円い溝の形をした突いて彫る小刀である。当時普通に用いられていた小刀は大抵宗重(むねしげ)という銘がうってあって、此は大量生産されたものであるが、信親、丸山などになると数が少いので高い価を払って争ってやっと買い求めたものである。此は例えば東郷ハガネのような既成の鋼鉄を用いず、極めて原始的な玉鋼(たまはがね)と称する荒がねを小さな鞴(ふいご)で焼いては鍛え、焼いては鍛え、幾十遍も折り重ねて鍛え上げた鋼を刃に用いたもので、研ぎ上げて見ると、普通のもののように、ぴかぴかとか、きらきらとかいうような光り方はせず、むしろ少し白っぽく、ほのかに霞んだような、含んだような、静かな朝の海の上でも見るような、底に沈んだ光り方をする。光を葆(つつ)んでいる。そうしてまっ平らに研ぎすまされた面の中には見えるような見えないようなキメがあって、やわらかであたたかく、まるで息でもしているかと思われるけはいがする。同じそういう妙味のあるうちにも信親のは刃金が薄くて地金があつい。地金の軟かさと刃金の硬さとが不可言の調和を持っていて、いかにもあく抜けのした、品位のある様子をしている。当時いやに刃金のあつい、普通のぴかぴか光る切出を持たされると、子供ながらに変に重くるしく、かちかちしていてうんざりした事をおぼえている。丸山のは刃金があついのであるが、此は丸刀である性質上、そのあついのが又甚だ好適なのであった。
 為事場の板の間に座蒲団(ざぶとん)を敷き、前に研ぎ板を、向うに研水桶(とみずおけ)(小判桶)を置き、さて静かに胡坐(あぐら)をかいて膝に膝当てをはめ、膝の下にかった押え棒で、ほん山の合せ研を押えて、一心にこういう名工の打った小刀を研ぎ終り、その切味の微妙さを檜(ひのき)の板で試みる時はまったくたのしい。

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