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前田純一 blog

2014.02.07

おめでとう ! ! ホームページ開設_早川久美子君

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「金箔貼・家族一年箸の仕上」
修行中の早川久美子君


その時期工房は住み込みの若者を含め6、7人プラス家族の大所帯だったこともあり、2008年から2011年まで学んだ早川君と初めてお目にかかった時には三年間続くだろうかと不安な気持ちが先に立ちました。まさにさにあらず、木工、鍛金、溶接、縫い物、写真、CAD図面にはじまり、土木工事、庭仕事や家事、犬の世話、電気工事などなど、小柄な装いでなんでもこなした大変ながんばり屋さん、真冬の山道も愛車ジムニーでなんなく通い通しました

安曇野に工房を自力で作って一年、今年正月に開設の知らせをいただいたホームページには、すごい勢いで制作している作品の他に、愛犬や安曇野の風景が載せられていていかにも彼女らしい印象です

早川久美子のホームページ


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2014.02.06

2014年_節分

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一月は何日も寒波が続いてここまで寒いと泣きたくなるを通り越し、笑っちゃうネー、、といった感じで工房の若者たちは雪かきや薪割りに、僕は孫に木のそりやトナカイのイルミネーションや組立おもちゃ作ったり写真を撮ったり、火のそばでかみさんのアイパッドをいじっていました
松本の1月は三九郎、飴市、山の神と行事が続き、節分を過ぎて僕はようやく新しいしごとにかかります。信州では昔は大工さんなど外仕事の職人は寒くてロクな仕事にしかならなかったでしょうし、東京でも職人衆に決められた休日というものがありませんでしたから、ここぞとばかり羽をのばしてのんびりと小鉋を新調したり、傷んだあて台を真っ平らに削って桜が香り、一年の始まりらしいすがすがしい気分だったことを思い出します

いまでも正月は久しぶりに硯の墨の香りをききながら年賀状を手書きしたりJAZZなど聴いて昨年を反省しながら皆で神社に詣でたり、雪の庭でさわふたぎの実をついばむ山鳥に感動したり、暖かな炭を囲んで餅を焼いたり薪を拵えたり大声で豆まきなどしながら過ごしたいものですが、早々町の大型店は営業をはじめていてだんだんと日本の伝統や習慣は薄れていくのかもしれません。それにしてもどうしてこんなに忙しい時代になってしまったのでしょうか、、

今年から弟子入りした加藤直哉君は東京工芸大学建築科を中退して東京の訓練校で学び、倒産後の秋田木工(現大塚家具グループ)で都合7年ほど椅子の仕事をしながら数年前より弟子入りの思いをつのらせていたのですが、お母様が亡くなったのを契機に夢がかなったいきさつで今年から修行を始めました
学ぶ若者6名、学び直す年寄り2名、天使一名dogs2匹、そのほか鹿など野生動物多数の大家族で工房は今年も頑張ります。本年もどうぞよろしくおねがいします


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2013.11.20

木の匠リレーエッセイ、、なにやら身のうえばなしに、、

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来年入房予定の秋田の若者、加藤直哉君は、湘南鎌倉、曲げ木の秋田木工、など縁もあって三年間一緒に苦労をするつもりにしています。今もお元気でいらっしゃるおじいさんは若い頃から山林のお仕事をされ、昔植林した秋田杉が大きく育っていて先日その巨大な幹の前で撮った誇らしげな写真を見せてもらいました。孫がその木をいじることになれば最高の夢でしょうね

木の匠たちにリレーエッセイを投稿したので読んでもらったところ、以下の返事をもらいました。その下はそのまた返事でなにやら親近感がわいています


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僕は歳のときに父を亡くして鎌倉から秋田に引っ越してきました。


とりあえず祖父母の家で暮らしたのですが、

よく見知らぬ土地でなんとかやっていけたなあ、と今になって思います。


今回、母を亡くしたけれどまた見知らぬ土地に行くことが

不安半分の楽しみ半分です。


色々とアタマの中をぐるぐるしているのですが

言葉にするのはまだ難しいです。


アドバイスありがとうございました。

のこり一ヶ月と少しですが頑張ります。

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そうかア、、

民江は一日違いの同い年なんだけどお互い還暦になったときこんな話をした、、


もしあの時会社やめてなかったらいまごろすごい退職金もらって今風の住宅建ててのんびり優雅に外国旅行でもしてたね、、


そのあと3.11がおこったんだけど、僕が行ってくれっていわれた工場はその中心部

だから今頃二人で海に流されて死んでるな、、って壁厨子とか作った

子供たちも東北に暮らしているとしたら一家全滅、、

ちこちゃんにも会えていなかったから迷作星のねじの子供椅子も存在してしない・爆

デザイン学校に行ったのは芸大にすべったからなんだけど、芸大行ってたらたぶん僕は大好きな今の仕事をしていないだろうな。人生わからないものなんだよ死ぬまでね


それにしてもいつか君のじいさんとその秋田杉に会いたいな



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工房へ帰る道


2013.11.17

使い継ぐ展覧会のおしらせ

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山暮らしをはじめてはや三十年になりました。さして大きな事故に遭うこともなく、重大な病いもなく、子供たちがどうやら自立すると、ずいぶん無茶なことだった、都会育ちがよくこうして生きてこれたものだと我にかえり、ひとえに天と幸運と、もりたてていただいた皆様への感謝の思いで一杯になります。 松本に来てから出会った逗子の桐ヶ谷さんに声をかけていただき、二十年過ごした懐かしい湘南でこのような展示会をさせていただくことになりました。作品は美ヶ原の自然に触発されてスケッチしたもの、趣旨は歳月への心からの感謝です。秋のひととき、みなさまとお目にかかれるのを心から楽しみにしています


「使い継ぐ展覧会」


11月23日 Sat 24日 Sun 10:00~17:00

キリガヤ1Fギャラリー

神奈川県逗子市山の根 1-2-35

お問い合わせ:046-873-4488(花輪・小笠原)


http://www.kirigaya.jp/community/event/000307.html


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長い間つかわれてきた木の家具には、その分だけ増した味わいがあるものです。磨かれたツヤや手に馴染んだ肌触り。ビンテージや古い家具に人気があるのは時とともに深まる存在感が私たちの心を魅了するからではないでしょうか。

 このたび桐ヶ谷さんのご好意により、過去の個展会場で展示した作品や、始めに作ったビンテージ原型、あるいは工房やショールームで展示したり実際に使ってきたたものの展示販売会を計画いたしました。時を経た無垢の家具のもつ味わいを多くの方にご覧いただけば幸いです


工芸作家 前田純一


2013.08.07

「龍」4 堤朋一さんと前田保三のこと

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河野雄太さんからメールをいただきました

おかげさまで当時の東京刃物のことなどがよくわかりました。僕と同じ三代にわたって龍が健在でうれしいです。堤さんこれからも美しい日本の鉋刃を打って下さい。

ありがとうございました


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左の花押から作者は埼玉県浦和市で鍛治をされていた龍進斎、堤朋一さんの物だと思われます。

添付しました写真の銘は誠龍と読みます。

ですからブログにアップされていた鉋刃の銘は龍で正しいかと思われます。

写真は他の方のブログから拝借いたしました

河野雄太 <ourgerain@gmail.com>



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男盛り銘の鉋で有名な堤朋一(つつみともいち)氏は主に昭和に活躍した鍛冶屋で、関東では有名な鉋でした。現在でも三代目が男盛りを作られています

火造りを担当されていた堤せいじ氏は戦争で片腕の自由が利かなくなり片腕で火造りをしていましたので戦後の物は見た目には荒い造りになっていますが、通常では考えられない事で、腕の立つ方だったと推測できます。


龍進斎 堤朋一(堤鉋製作所) http://www5e.biglobe.ne.jp/~ttoishi/sub46.html


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父 保三 昭和15年 1940

伊豆白浜神社への奉納額完成を祝って


当時若僧の僕は、東京駅から千葉県八幡宿までのディーゼル機関車につながれた客車で「室内」を開いて有名な鉋鍛冶千代鶴の連載を読むのを楽しみに通勤していました。「千代鶴が切れない」と言っていた父の技量の大きさがこのごろようやくわかる歳になったので偶然残っていた鉋刃龍を使いこなして親孝行しようと思います。(刃物は切れるほどよく使われて姿を消すものですし、使いかけが残っていても使い手の修練が出来ていなければ美しい形は損なわれてしまいますので刃物に骨董品はないのです)
工人らしく名より実をとる仕事に厳しい師匠で早くに妻に先立たれ、皆に口うるさいとけむたがれていましたが、お得意さまへの納品にはじまり、東京湾ハゼ釣り、夜の銀ブラなどなど、どこにでも僕を連れ歩きいいものを食べさせ見せてくれ、言葉使いやお作法や行儀や、人が生きるセンスを僕はお客様や父に教わり身につけたのだと思います。今の東京では考えられない大きな欅の植え付けを庭でやっていた世田谷の邸宅へ納品に連れて行かれたおりの帰りの車中、あの方の植えていた欅は、根本の小さな山草のために日陰を作ってやるためなんだよ、などとスケールの大きな自然の話をしてくれた覚えがあります。
筋の通った職人の生き方がお金と縁が薄いのは良心に恥じない長く使える美しい仕事を目指すからですが、本物を使えばすべて解るといった江戸気質ありて現在も作品とともに龍」あり、家族みなに大切なこととはなにか教えてくれた父であり師である保三の深い愛を身にしみて感じています

 僕が生まれた年に父達が作った「木彩会」は未だに続いていて僕が会長を務めていますが、箱根での写真のお仲間の名前がおわかりになる方は、恐れ入りますが以下の私宛メールでお知らせください

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