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works_盆_

2009.12.16

指物師の道具箱_双曲きわ鉋 ・ works_盆_段珠縁(だんたまぶち)の盆

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「段珠縁(だんたまぶち)の鉋削り」

昔、段を施したたまぶちの彫抜の盆を作りたくなり拵えた鉋で、長さ6cmから順に小さく三種の曲率左右一対計六丁、二方向曲線を仕上げる組際鉋は前例がないので便宜上このような名前をつけました。おそらく世界中に僕の手許にしかない滅びゆく鉋です・爆



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左上 「段珠縁摺漆仕上五木の盆」
右下 「段珠縁摺漆仕上手付盆」 神奈川S邸蔵
ともに 栃材摺漆鏡面仕上・日本伝統工芸展出品作品
 江戸の華奢から田舎の土の匂いへの憧れが強かった1985年頃制作
 


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大・左右一対 鉋台長さ6cm

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小右・鉋台長さ3cm

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五木とはおなじかたちを、欅、栃、栗、桑、老松材で作ったことからのネーミング、この鉋で制作した盆六点は三越本店での伝統工芸展を皮切りに全国で展覧となりました
 そのころから十把一絡げ、、つまり金のためなら樹やつくる人の個性なんかは無視したほうがよろしいと・爆、轆轤で不可能な形でもNCルーター、サンダーなどの機械加工や吹きつけ塗装一回塗り仕上げが発達し時代は経済成長。素人目には見分けのつかない似て非なるものとはいえ、機械による大量生産が可能になって、木地を削ったり磨き研いで漆を塗り重ねるのが僕には無意味に思えるようになりました
五つの樹の個性に従って刃を研ぎ分けた細やかな神経のゆきとどいた段の内ズミ仕上げは年季と根気のいる仕事で、徹夜を続けても実現したかった若気のいたりというのでしょうか?、、子供たちがお世話になった山辺の学校に一枚を寄付させていただき時間と戯れた僕の大切な思い出になりました。こんな仕事をやらせてくれた家族友人に心からありがとう・・・・・




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盆_鑿跡.jpg「欅材摺漆鉋目仕上盆」 2000年和光個展
以後鏡面仕上げに魅力がなくなり刃物痕を大切にするようになりました


僕はクルマや木工機械はもちろんデジカメもMAC(ハンバーガーではない)も大好き、、 まして改造足踏みミシンや手作りスピーカー、知らないところへ一人で歩いていくときに頼りになる四駆とウインチ、子供が小さいとき先端を好みの形に研いだキャンプ用ガーバーナイフには古い音楽のようにそのころ過ごしたすてきな時が刻まれているし、折りたたみ携帯先細ペンチの元祖バックツールには何度も助けられた。父も使っていたジッポーライター、空になったカートリッジがゴミにならないポンプ加圧式コールマン、 エヴァンスやラヴェルやジムホール、まだまだ・・・笑・・・おまけの使い捨てボールペンや使い捨てライターは貰わないようにしているし、紙時代からの製図スケッチ用のロットリング、モンブラン、決して文明否定者ではなくて土木機械も大好き、20年以上も庭では人力で持ち上げられない石をバックホーで動かしたり除雪をして先人の知恵の恩恵にあずかっていますし、なによりも国宝級本山(砥石)を守りながら三代にわたり使わせて頂いています。もちろん自製家具には数十年を越すものもあり人に見せるような代物でなくても機能的で飽きのこない、使う人の人格を高める一流の美しい道具を大切にしている
それらは皆高価だから金持ちと勘違いされることもありますが、そもそも高価とは高価値をいい、P/T(プライス、パー、タイム= 使った時間で割った購入価格・造語)が低いものばかり、僕はP/Tの高い安物や趣味性の悪いものを仮に貰っても触りたくないし、目の触れるところに置きたくないのは本当に優秀な弟子を育てるための任務でもある
 さて、人とは神様とけだものの中間にいる動物をいい、大体に於いて善と悪、美と醜のはざまでもがきながらP/Tの高いものが作り出す悪環境に犯されて自分や街並みや地球までも醜く頽廃させてゆくものなのですが、幸か不幸か僕がID(ユーザーIDではなくインテリアデザイナーでもなくインダストリアル デザイナーです・笑)をしていた当時のC/P(コスト、パー、パフォマンス=経済効果で割った投資)つまり利潤だけをを云々してよしとする時代が問題だったのは人間社会だけにとらわれ、なくなっていく自然資源や壊れていく環境復活にかかる膨大な費用を計算していなかったからではないでしょうか。製造者の最たる責任は廃棄した後にあるのです
 心を込めて長持ちする道具を作る会社は潰れる世の中でも、ほんものの好ましい道具とは手鉋であれ機械であれ家具であれ、人がよい仕事を愉しくするために、精神の安らぎとともによいものを生み出すための機能の合理を目的に考え出されて長い命を持っているもの
しかし現代は進歩しすぎたようにも思える道具が利潤追求に結びつき、樹など僕達がいただく尊い命を粗末にして素材枯渇ばかりか酸素までなくなりそう・・笑

それはともかく廃棄物が空気や大地を汚して子供の未来を取り上げ、使うはずの道具に人が使われたり、便利そうで余計な機能が増えすぎたものや、目先だけを変えて売らんかなのモデルチェンジものを買え買えとうるさく、若者は貧乏を愉しみながら修繕したり改良したり、かってないものごとを考え出して夢を見たり、額に汗して命のあるものを土や手から生み出す喜びを失いかけている
 「経済発展はゴミの量=資源の消費量に比例する」 と勘違いして間違っていた歩みをしてきた日本。
いったいなぜ我々はとめどもなく生産と廃棄をくりかえすのだろうか? 僕は機械というモンスターに出番を奪われてしまった懐かしい鉋を握って淋しい思いがしているのです



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「閉鎖したSEIKO社製、曲面が美しい愛用の足踏みミシン」

dogs_UNICO_へのクリスマスプレゼントは刺繍の名入りリードを・・

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Unicoが大喜びで匂いをかいでいました。
犬っておもしろいですねーーー!
素敵なリードをありがとうございます!
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こわれたバス_石切で.jpg「ボンネットバス」

1999年三城で




2008.11.10

works_鑿目面取りの盆

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澄み切った青空の下冬支度が始まる

薪が真っ二つに木が割れた瞬間は気持ちがよいが

木でものを作るものにとっては悩みの種なのだ


割れることのないように、樹を木目に沿った長い板や棒に一度加工し、再び組みあげることを考え出し、これが強さと軽やかさを求めた指物という仕事の特徴である。しかし木は巾方向にだけ伸縮するという性質を持っていて、指物の盆は見事ではあるが扱いに気を使い、日常には使いづらい。

伝統工藝展に出品していた頃作っていた指物の盆に対して、日常使いの美しい盆を目指すと、この相反する木の性質が災いする。とくに指物は形に制約が大きいこともあって、あるときから盆は彫り物で作ろうということに落ち着いたが、縁の形が難しすぎてなかなか手が出せずにいた。1995年にようやく完成した盆が気に入り、以来この形の盆をいくつも作った。売れ残った栃の盆一枚をみると、僕の宝物となった仕事の記憶が甦ってくる。

普通縁の厚みは7mmから9mmだが、落としても割れないよう15mmから18mmと存外な厚みを想定した。盆の扱いやすさと美しさは縁次第だが、ぶつけやすい木口が割れないような、重い太い縁は余分が残り粗野で下品になりやすい。

取り去り過ぎると貧相になり、仕事は失敗に終わるが、鑿や鉋の刃跡を生かした素早い仕事に迷いは禁物で、確かな目標に向かう決断とスピードと潔さを求められる。

立ち上がりを45度にして手取りをよくすること、工夫した鑿で形に変化を与えるこことと、底を薄造りにすることで、実際の重さと、感覚的な軽やかさと品位を実現しようと図面をひいてはみたものの、こういった勘仕事は想像以上に難儀した。


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縁の鑿目は、刃裏を平らに研ぎ上げる通常の鑿では、接線が神経質になって意に沿わない。上野の光悦にて買い求めた突き鑿の刃裏を、ゆるやかなアールに研ぎ直すことで、ようやくふっくらとしたやさしい満足のいく彫りとなった。

肝心の底は内ズミのラインをキリっと表現する必要がある。普通は引いて使う鉋だが、台尻を取りさった鉋を押して削り多角形の稜線を削り出すことにした。



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「縁朱漆鉋目の盆」

銀座和光展・暮らしからの発想に出品


鉋が削り出すさざ波紋は載せたものがすべらくて具合よく、年月を経てすり減って古美となり、輝きを増して永遠で、このように生まれ変われば、木と漆は安全で人間と共存する素材である。手工具と人間の手が作り出す微妙な手触りに心が安らぐ理由は、人工素材を使う現代の機械仕事のように画一的でないことと、人の不完全さが醸し出す美しさといったものだろうか。完全を求めて個性を失い、不合理で美しくなくなってしまうことと対照的である。飽きのこない工芸品は、機能や視覚上の色や形だけを考えるだけでは完成しない。日本人が培ってきた古い伝統を見直しながら創造に結びつける新鮮な感覚を磨き、大切にしている五感を美しく表現しながら、経過する時間の審査に耐えるという条件を満たさなければならない



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木工芸の特徴は素材への敬意と信頼だが、樹が発揮する孤独で独自な個性は、人為の及ばない、長い時間をかけて創造された自然と神のデザインである。百枚は彫っただろうか、、手許にあった松、栃、欅、栗、桑、楓など、使った木はさまざま。素材に合わせ微妙に太さを変えたり、朱溜、箔貼りの縁に仕上げた。最後の摺漆を終えて僕の手を離れた瞬間、樹は見事に強く美しい盆に姿を変えて見るものを魅了した。僕の満足は、樹というものに果たすことができた責務といったものかもしれない。


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works_テーブルウエアー 小物_盆01.jpgworks_テーブルウエアー 小物_盆03.jpg


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