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3.メディア掲載など

2008.10.02

仕事場より・信濃毎日新聞社の取材

信州カラマツの家具やRinについて
信濃毎日新聞東京支社の小松さまより取材をうけました。

[ 取材 ]

2008.09.26

KURAさまの取材をうけました

信州を愛する大人の情報誌【くら】さまの取材をうけました。

>http://www.country-press.co.jp/kura/index.html

2006.06.22

信濃毎日新聞に掲載されました・石川真帆さん


IMG_0069.jpg先日取材をうけました信濃毎日新聞さまの記事を紹介いたします。(2006年6月22日に掲載)

【誌面より記事全文】

松本市街地から十五キロ。標高千四百メートルの三城地区は、夏もさわやかな風が吹く。美ケ原高原直下の山腹、L字形をしたヒノキ材の建物が「三城シューレ」だ。

 工房の作業台で、石川さんが板の表面にしゅっしゅっとかんなを滑らせていた。両手には、あかぎれや切り傷が幾つもある。シューレに来て真っ先にしたのが、かんな作りだった。作品に合わせて一つ一つ調整する自分専用のかんなは現在、大小十二個に増えた。

 石川さんは愛知県出身。東京の大学を二年で中退した。都会生活は息苦しく、「自分は何がしたいのか」分からなくなった。一年間アルバイトした後、岐阜の飛騨国際工芸学園で二年間木工を学ぶ。インターネットで前田さんの厨子(ずし)を見て「ここだ」と思った。

 弟子入りを志願して訪れた三城で、「ごみを出さない」「ものは極力買わない」シンプルな生活に出合った。食事作りは当番制。作業で出た端材を使い、炭で起こした火で飯を炊く。早朝の犬の散歩に、畑仕事。心身ともに、めきめきと元気になるのが分かった。

 「テレビもない。雑音がない中で感性がどんどん研ぎ澄まされ、したいことがはっきりと見えてきた」

 シューレは弟子入りの際、道具代などで三十万円ほど必要。授業料はない。主宰の前田さんは「採算は合わないが、職人を志す若い人の負担をできる限り減らしたい」と話す。

  前田さんは、東京の江戸指物師の三代目に生まれ、大勢の弟子が寝食をともにする大家族の中で育った。だが、大量生産、大量消費の時代が到来し、「手仕事で こつこついいものを作っても売れなくなった」。徒弟制度は廃れ、周囲から生粋の職人が姿を消した。一度は家具メーカーに就職したが、黙って働く父親の背を 見て「自分が継がなければ、この仕事も途絶えてしまう」−。三年目に退社、父親に師事した。

一九八四年、信州出身の妻と三城へ。過疎化が進む同地区に来た当初は「なんで若い人がこんな所へ、という目で見られた」。元町会長を務め、花見など町内行事で奔走してきた。

 昨秋、後継育成の理念を広めたい−と工房をNPO法人化。賛同者には建築家や俳優、劇作家、医師ら約三十人が名を連ねる。弟子たちは、前田さんの作品づくりを、教わりながら手伝っている。

 石川さんは四月、友人の結婚式のため初めて、贈り物のコースターを最初からすべて自分で作った。「祝う気持ちを形にしてみたらどうだ、と先生が言ってくださって」。使う人の顔を思い浮かべながら、一つ一つを手で作る。「ものづくりの心を教わりました」

 師匠の机の引き出しには、百を超えるかんながある。自作のかんなは成長の証し。自分の棚もいつか、かんなでいっぱいにしたい−と石川さんは言う。



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